2009_09
05
(Sat)12:22

天賞堂 EF58 カンタム配備だ!  その2

ゴハチ全景

さてこのカンタム58。
まずは外観チェックから・・・

車体の素材はダイキャスト。
鉄道模型では古くから台車やウェイトなどに使用されてきたが
車体に使われた例は極めて少なくここ近年ではこのシリーズだけ。
(海外製品では結構見かけるんですが)

なぜ今ダイキャストなのか?
1番はやはりコストだろう。 
真鍮を車体にするには切抜いてプレスして折り曲げて半田付けと
幾つもの工程が必要だし職人さんに頼らざるを得ないので
どうしても高価になってしまいます。

ダイキャストではこれら複数の工程を 「鋳造」 という1工程のみで済みますし
職人さんによる技術も必要がなく機械の操作だけで同じ物が量産できる。
かつての鋳造はどうしても肌荒れ(表面精度が悪い)がひどく精密模型には
向かなかったが近年の技術向上もあり採用に至ったのでしょう。
また鋳造では出来ない細かいパーツも別付けすることでこれまでの
弱点をカバーしています。

で、このEF58カンタムですが肌の仕上げもきれいだし塗装も生きている。
ちょっと並べたくらいでは素材を見抜くことが出来ないくらいです。
また一体鋳造の利点で車体には全く歪がないのでカチッとした仕上がりに見えます。
30万円級の最新ブラス製品と比べてどうかと言われれば若干劣りますが
まあ許せる範囲に収まってると思います。

反面、鋳造なので金属製と言えどもプラスチック並みの厚みがあり
車重を稼ぐのには良いけれど近づいてよく見ると目立つ部分が散見されます。

側窓

正面窓もそうですが運転中最も目に触れる部分でもある側面窓など
結構目だって気になる方には気になるでしょう。
ガラスと車体の摺りあわせを丁寧にやればもう少し目立たなく表現も
出来るでしょうけどそこは量産品の悲しさでコストをかけれないのでしょう。

そして個人的に最も気になったのが・・・・

パンタ

激しく安っぽいパンタグラフ!

いけません!
これはいけません!(渡邉包夫節で)

どっかのクルマのCMじゃないけどカクガクシカジカすぎ!
とても6万円を大きく超える製品に付くべきレベルじゃなくこれでは25年前の
香港トミーの4800円のEF58クラスになってしまいます。(憶えてる人は40代)

線が太すぎます!!

気に入らなければ交換と言う手もありますが現在では最低でも1基3000円はするし
この58は天賞堂特有のセンタービス方式なので他メーカーでは付きません。
黒色ならまだ目立たないのですがグレーなのでなんとか改良したいところです。
このパンタの出来が全体のクオリティを下げてしまっています。

他にも正面飾り帯の表現など一言したい部分もありますが
外見に関しては75点ってところです。


次回はカンタム機能について書いてみたいと思います。
2009_08
30
(Sun)09:07

天賞堂 EF58 カンタム配備だ!  その1

メールの既歴が残っていたので日付を見たら2007年11月29日とある。
これは行き付けの模型店にメールで予約をした日だ。 で、今は2009年8月。
私が予約したのは締切直前だったのだがそれでも1年と9ヶ月経っている。

約2年も待たされたのだ。!

まぁこの業界、予告から遅れるのが古くからの悪習で一向に治る気配が無い。
しかも予約締切の時点では価格すら未定なのだから買う方は博打である。
おまけに発売されたら予約した以上はすぐに引き取らないと信用にも影響する。
GWくらいに「8月には出せますよ。」とメーカー側から発表されていたが
どうせ遅れるだろうと思ったら出た!!

前回のEF210購入からひと月も経ってないのでさすがに懐が寂しく
この10日程必至になって金策に走り回っても足りないので意を決して妻に借金を
申し込んだところ予想に反してなんと快諾!

妻の顔が久しぶりに菩薩に見えました。^^

カンタム58

で、すぐに浜松へとクルマを走らせて無事に引き取ってきました。
私が買ったのは原形小窓、ピニロック、SGの東海道仕様である。
製品では宮原区のカマとなっているが浜松機関区にもいたタイプで
ようやくこれで3年越しの荷レ編成の完結である。

次回は少し私なりのインプレッションを書こうと思うがその前に
入線記念に集ってもらいました。

58 3並び

我が鉄に現在在籍しているゴハチで画面右から今回のカンタム58、
真ん中がKATO製のパンタ載せ換え改造、左が’85年ぐらいの天賞堂ブラスで
上越EG仕様です。 以前は茶色とかも持ってたんですけどね。
2009_08
02
(Sun)22:36

EF210を検証する。

比べてみる

さて、先日初めてEF210のプレステージモデルを購入しましたが
従来の標準モデルと比べて2倍近い金額を払う価値があるのか?
という疑問があり、これまで手を出さなかったのですが今回は
思い切って購入しその疑問を実際に手にとって見て検証したいと思います。

検証となると当然、比較が必要になるということで今回は標準モデルのEF66と
比べてみることにしました。
なお、ご存知の通り標準とプレステの価格差は定価では2倍もありませんが
それぞれ値引率が異なる為、実際には2倍の差が出てしまいます。

まず正面で気になるのは手摺の太さの違いですね。
色による誤差もありますがプレステに比べると標準は3倍も太く見えます。
並べなければ気になりませんが一度プレステを手にしてしまったら
標準には不満足になってしまうでしょう。

横顔

次に屋根上のパンタグラフがプレステはオール金属なのに対して標準は大半がプラ。
ただし形状による差は全く無くてプラ製も色を塗ってしまえば見た目での識別は
不可能なほど良く出来ています。 (比較例のEF66は塗装しています。)
一番大きな違いは取り扱い上の強度がプラの場合不足気味なことでしょう。

実はプレステと標準の材質の違いはこれだけで後は他の部品が付属してるか
最初から取り付けられているかの差でしかありません。
パンタの価格差と部品の取り付けの手間を考えてもやはりプレステは割高に感じます。
この価格差ならプレステはせめて成形色のままの台車の塗装くらいして
欲しいと感じるのは私だけでしょうか?

似た物同士

それに66と210を比べると全く同じコンセプトで実車が設計されたことがわかります。
とても両車の間に40年近い時代差があるとは思えません。
登場当時のEF66がいかに革新的だったかということを証明されたようです。

で、本題のプレステと標準を比較してどうなのかですが
付属品の取り付けには手馴れていても1~2時間を要するだけに
人件費を考えれば現在の価格差は妥当な物と判定するしかありません。
ただ、私としては今後はプレステージは買わないと思います。
仕上げるという最後の砦まで失う事は模型としての本質を損ないかねないから。
楽に走る方ばかり選んでいる人生ってつまらないものしか残らない気がします。

ひとつ便利になると言う事は

     大事な事をひとつ失うと言う事


もちろん模型に限った事ではないですよ。



ところで!

あれ?むこうに・・

EF210の屋根モニター越しに見えるあれはなんなんでしょうか?
M・Mさん! あなたのせいですよ。^^;
2008_09
21
(Sun)13:45

今年2両目

EF57
今年の春に開催された名古屋丸栄デパートでの鉄道模型展。
その時、天賞堂ブースに予定品として展示されていたEF57型機関車が
9月に発売され行き付けの模型店に入荷したので買ってきた。

製品化は1年位前からアナウンスされてたが当初は買うつもりはなかった。
前作のEF15の出来があまり好ましくなくなかったから今回も期待してなかったのだ。
ところが先の模型展での試作品を見たらかなり改善されており 「これならば!」
とすぐに電話予約するほど気に入ったのだ。

実は数年前まで同じ天賞堂のEF57を持っていたことがある。
80年代後半に発売されたブラス製で今回のEF57を買った店で中古で買ったものだ。
ただしそれは私の生まれる以前、昭和31年の名古屋電化の頃の姿で結局
牽く客車が無くてオークションで旅立って行った。
今回発売された晩年の東北仕様でこれならば今ではプラで製品化されている
国鉄末期の客車がよく似合うのだ。

早速製品を見て行こう。
見て惚れて買ったくらいだからプロポーションは悪くない。
だが実際に手元に来てよく見てみると試作品では気がつかなかった
ところがある。

1 ・  最も懸念だったデッキ手すりはEF15より相当改善されているものの
    僅かに歪がある・・・・がこれは材質を考えれば仕方ない。

2 ・  ヘッドライトのレンズ面の表現がいまいち。


3 ・  東北仕様の特徴でもある電暖表示灯の色差しが少し投げやり。


パンタグラフ

4 ・  パンタグラフが少々ゴツイのと擦り板の表現も?だ。

下回り

5 ・ 画像ではわかりにくいが側窓のガラス表現の平面性が悪い。


6 ・ 機関車としては軽いので牽引力が不安。(まだ走らせてない。)


とまあ色々並べたが、これはあくまで重箱の隅を突いたことであり
値段を考えれば充分に合格レベルと言って良いだろう。
走らせれば殆ど外見上の欠点は気にならないし何よりもプラで製品化された
事自体が拍手ものなのだ。

高級ブラスメーカーであった天賞堂がそれまでのプライドを捨て(経営上の事もあるだろうが)
プラ製品に進出し何度かの失敗作を出しながらも着実に改良し続けているのは
賞賛に値する事で今最も熱い16番メーカーと言ってもいいだろう。

だけど・・・・
事情もあろうが自ら予告した発売時期を守れないのは
一流メーカーとしてどうかと思うぞ!

2008_06
18
(Wed)22:53

あれから23年

昭和61年1月3日の事と記憶している。

場所は北陸本線金沢駅。
これから上野に向かう夜行列車に乗る為に凍てつくホームにいた。
その時僕は1人ではなかった。隣には女性がいた。

実は前年の12月30日に年末年始はどう過ごそうか考えていて
突然 「雪の中で正月を迎えたい」 という衝動に推され列車に乗った。
例年なら同世代の友人達とレジャー施設などでワイワイ騒ぎながら
迎えていた正月だったが笑顔とは裏腹に少し飽きてきてたのかも知れない。
かっこよく言えば俺の事を誰も知らない場所に行きたかったのだ。

名古屋駅まで来て表口改札の前に立ち、上を見上げて列車を探した。
実は家を出てから既に2時間、まだ行き先を決めてなかったのだ。
目に留まったのが 「富山方面 特急しらさぎ」 の文字。

ようやくこの時点で行き先を金沢に決めすぐに切符を買って乗り込んだ。
確か午前10時くらいの発車だったと思う。 この時代の「しらさぎ」は
日に何往復も運転されていて今では何号に乗ったのか憶えてない。
ちなみに長年鉄道趣味をしてるが分野としては模型専門で「乗り鉄」には
あまり興味が無かった。 在来線の特急電車に乗るのはこれが始めての22歳の冬。

2時間ほどで列車は金沢に着いた。
期待通りに雪景色の美しい街並みに降り立ったのだ。
当日は歩けないほどの豪雪でもなく街の交通機関は動いていたので
武家屋敷や兼六園を巡り、歳末の独り旅を楽しんだ。

夕方に近くなったので宿を探す事にする。
当時私はYH(ユースホステル)を使って長期休暇のたびに全国を回ってたので
まずはYHを探すと卯辰山というところに1件あることがわかり電話すると
空いているとのことで予約、日没近くにタクシーで向かったのだった。
ここで思いがけない出会いをする事になる。

すっかり冷えた体を浴槽で暖めて食堂に向かうとこの日の宿泊者が
全員そろって食事の開始を待っていた。
YHは場所によっていろいろなルールや催し物があるがここでは
出来るだけ夕食は一緒にとるのが慣わしのようである。

ペアレント(YHの経営者のこと)さんの簡単な挨拶の後、食事が始まったが
自分の席の向かい右斜め3人目にどうも見覚えのある女性がいるのに気づいた。
それがどこで会った誰なのかなかなか思い出せず食事の味なんかわかりゃしない。
19歳から本格的に旅を始めて既に何百人と同じような旅人に会ってるからだ。

食事が終わって自由時間になるとその女性が話しかけてきた。
「私のこと憶えてる?」 と予想通りの言葉から始まった。
記憶とは不思議な物で彼女の声を聞いた途端に会った時の光景が蘇り
悩む表情を見せる間もなく 「憶えてます! 久しぶりですね。」と返せたのだ。

彼女は前の年の夏に北海道の積丹でやはり同じYHに泊まってたのだ。
夏の北海道は旅人も多く積丹の宿でも当日50人くらいはいたのに
しっかり憶えてるのは宿泊者同士のゲーム大会で手をつないだ相手だったことと
彼女がとてもキレイな女性だったから細胞が記憶を留めていたのだ。

翌日は彼女と二人で観光しその後東京に帰る彼女を見送る為に金沢駅まで来た。
本当に見送るつもりだったのに発車時間が近づくにつれて心が乱れていった。
もう少し彼女と居たい! ここで別れたら恐らく2度と会う機会は無いだろう。
気がついたら見送るはずの列車に乗っていた。

後悔したくなかったのだ。

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2008_05
17
(Sat)19:11

傑作かも

実は私はサンデーモデラーでして平日にはほとんど工作しません。
仕事が早く終わった日なんかは出来ない事はないのですが
熱中すると寝るのを忘れてしまい翌日の仕事に支障があるからです。^^
私の仕事は金属加工であり油断すると指の1本や2本すぐに飛んで行きます。

事実10年位前にも寝不足が原因の不注意で右手人差し指の先っちょ5mm程
機械の餌食になってしまいました。
左利きなので普段の生活には影響はありませんがあの痛さはもういいです。

ちゅうことであまりクモハ73の工作も進んでませんので久しぶりに
製品インプレッションをお届けします。
先日GWに名古屋の丸栄デパートで開催された鉄道模型展で
買ってしまった天賞堂のプラ製9600型蒸気機関車です。

購入したのは北海道倶知安で有名だった2つ目機の79615です。
知人にもこのカマを買われた方が複数いて79616にしようかと思ったのですが
模型展の天賞堂ブースを行ったり来たりして思い悩んだ挙句決めました。

既に所有車の中に同じ天賞堂製のブラスの北海道タイプがありますので
比較してみました。 ひとつのメーカーが同じ形式を素材で作り分けるという
他社では見られない面白い現象です。

96正面


左側がブラス製で右側がプラ製です。
同じ北海道型ですがタイプが違うので厳密には正確な比較になりません。
それでも同じはずのフロントデッキの厚さやボイラー径などに差がありますね。

上から


上から見たところでキャブ屋根の位置で両車を並べてます。
ほとんど同じですがブラス製のフロントデッキが1mm程長いです。
模型としては気にならないレベルと言えます。

96のお尻


お尻もそっくりですがプラ製の方がリベットの表現がゴツイですね。
スケールとしてどちらが正しいのか知りません。

ブラス非公式側


ブラス製の非公式側ボイラーです。
高価なモデルですのでさすがに神経が行き届いた造りですね。^^

プラの非公式側


おおっと! 廉価なプラ製も負けていないですね。
全体を見て素晴らしいのはプラ製ながら素材の厚みを感じない絶妙な設計と
パイピングの這わせ方のバランスは長年96を手掛けてきた同社ならではの
執念を感じますね。






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2007_10
07
(Sun)12:06

最凶の機関車?

エンドウのDD54


お世話になった方や今も愛用してる方も多いであろう
ご存知ダイキャストボディが特徴のエンドウ製DD54。
画像はインサイドギヤの最終型である。

発売初年は29年前の1978年。
当初は縦型モーターだったが缶モーターを経てMP化され
現在でも発売されているがボディは昔のままである。
今から30年以上前の小学生の頃に京都駅で1~2度見ただけ
だが直後に欠陥機関車として全廃されてしまった悲運のカマ。

模型は98年ごろに再発売されたのを購入していたが
03年頃には資金不足のためにヤフオクで売却していた。
しかしなぜか縁があるのか再び手元にある。
確かに薄幸のカマが好きなのだが手放しても戻ってくるあたり・・

悲運を拗らせているのかオレ?(^д^;)

手元に来た段階ではプレートすら貼ってない状態だったので
まずは機関車ナンバーを付けることにする。
製品では真鍮片に塗装されたナンバーが付属してるが実車は
切り抜きナンバーなので同じくエンドウのメタルインレタを使う。

さっそく側面から始め、最初の「DD」をあてがえて台紙上から
軽く擦ってそーと台紙を剥がすと・・・・

悲惨じゃ


あんぎゃー!(||゚Д゚)

塗装まで一緒にベリリだと!?

どうなってんだ?このオレは・・じゃなくて

このカマは!


頭が真っ白になると言うが正にその通り。
何が起きたのか理解するのに数秒かかった。
ダイキャストは塗膜が弱いのだろうか?
それともたまたまこの製品が悪かったのか?

とりあえずタッチアップはしてみたが
傷は目立つし何よりもやる気を無くした・・・
2007_06
04
(Mon)10:27

黒貨車大好き

ワム90000とワム60000

幼い頃には既に新幹線が走ってて昼間の在来線には普通列車しかなく
絵本に載ってる「とっきゅうでんしゃ」は見れなかった当地。
そんな私の子供の頃に夢中になったのが貨物列車だった。

昭和50年代前半までの東海道は旅客列車は1時間1~2本なのに
貨物列車は3~4本は走ってたように記憶している。
当時既にコンテナ貨車もあったが私の好きなのは一般貨物で
黒い貨車ばかり40~50両もつなげて黙々と走る姿だった。
誰しも指差して数えたことをご記憶でしょう。


さて製品インプレッション第2弾はそんな黒貨車ワム60000。
前回と同じくアクラスというメーカーの製品である。
予約したのは去年の夏だと記憶してるが何故か発売が遅れに遅れ
ようやく昨日手にしたばかりである。

さっそく製品を見てみよう。
左にあるのは比較の為に並べてみたKATOのワム90000。
素人目には良く似た貨車だけど、値段はほぼアクラスの半額。
大手メーカーと新興メーカーの差が値段に影響してることは
確かだがアクラスもそんなことは百も承知で高価だけど納得できる
製品を目指したことが良く現れている。

KATO製品が質実剛健で細い手すりなどをほとんど車体と
一体成形しているのに対し細い真鍮線を駆使して全ての手すりと
妻板の解放テコまで表現してるのはお見事の一言。

床下周り


床下にもこだわりが出ていてブレーキ配管、シリンダー、足ブレーキ
てこまで手間のかかる組立構造なのだ。
値段が高い分、KATO製より全てが上! かと言うとそうでもない。

さすがに1日の長があるのか走行モデルとして最も重要な性能は
KATOの方が1ランクも2ランクも上を行ってるのだ。
その要は車輪周り全てに及ぶ。

アクラス製は車輪の輪芯部をプレートタイプとスポークタイプに
付属部品で交換が出来るようになってるがそのせいか輪芯の
中心精度がやや悪く指で回してみるとわずかにブレがある。
(左右にもブレが出ている)
転がり性能もKATO製とは比べ物にならない。
またKATO製は2軸車ながら独特のサスペンション機構を搭載し
これが転がりの軽快感をいっそう際立たせているのだ。

性能も比較すればさすがに大手のKATOには負けるのだが
実際に走らせて影響のあるほどではない。
あくまでも重箱の隅をつついた時のわずかな差と言っていいだろう。

何よりも地味で脇役といった感のある(しかも昔の)貨車が
プラで量産されることは大歓迎なのである。
KATO製より高価だと言っても真鍮製の完成品など買えば
10倍はするしキットだって必要部品を揃えて塗装まで持ってくと
1万円は下らないのである。

で、今回は3両をお買い上げ! 1割引で1万弱。
出来れば・・・出来れば・・・

あと10両は欲しいんだけどね。
^^

ボーナスまであと一ヶ月・・
2007_02
25
(Sun)21:01

鮮魚列車物語

レサいっぱい!

今から40年以上前に国鉄はある依頼を受けた。
朝に下関で上がる魚介類を翌日の東京市場に間に合わないかと。

大型の魚ならば冷凍して運ぶという手段があるが小型魚では
身が崩れてしまって商品にならないので冷蔵で運ばなけりゃならない。
当時の技術では貨車に発電機と冷蔵装置を積載するのは
出来ない事ではないが装置が大型でかつ重量があるので
事実上不可能なのだ・・・。

それまでの冷蔵車は冷却には氷を氷嚢タンクにいれていたが
これでは下関 - 東京間はとても時間が持たない。
そこで当時実用化が始まっていたドライアイスに目をつけ
それを氷に代わって冷却用に使おうと考えたのだ。

ドライアイスに代えれば時間は氷の倍以上持つ。
しかし当時の貨車は75km/h 程度のスピードしか出せず
普通貨物のダイヤでは30時間以上かかってしまう。
さすがのドライアイスもそこまで持たせるのは難しい。

残された手段は一つだった。
高速で走れる専用の冷蔵車を開発し、かつ専用貨として
ノンストップで走るしかないとの結論に至った。
こうして昭和41年に鮮魚特急「とびうお」が誕生する。

特急の名に恥じない最新鋭の空気バネを高速化と魚の保護の為に
採用し時速100km/hで東海道と山陽道を時には寝台特急を
退避させて乗務員の交代以外いっさい停車せずに走るのだ
連日深夜の幹線は人間より魚の到着を最優先させた世界的に見ても
稀なダイヤグラムになった。

機関車も最初こそEF65Fの重連が使用されたが、すぐに高速性に
優れたEF66の登場で取って代わられた。
所要時間も20時間を切り魚流通の歴史は大きく進化したのだ。

だが登場から20年目の1986年に20年の歴史に幕を閉じた。
冷蔵技術も大きく進化し道路の整備によって大型トラックでも
冷却装置を搭載し運べるようになったのだ。
コンテナ貨車も専用の冷却装置つきコンテナの開発で汎用貨車でも
運べるので専用貨の欠点のひとつである帰路の空車回送がなくなり
コスト的にも冷蔵専用貨の生き残る道は無かった。

走行時間が深夜なので実車が走っているのをほとんど見れなかった。
たった一度だけ下りの回送列車(当時は回送なんて知らなかったが)を
豊橋駅のホームで見たことがある。 事故か何かで大幅にダイヤが
乱れていたのであろう。 そしていつの間にか廃止されていた。

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それから20年の月日が流れた2006年春になって新興メーカーから
プラで製品化されたのである。 
過去に別メーカーがブリキで発売していたが30年前の製品であり
中古で数を揃えるのは難しく正に幻の模型と化していた。
私もすぐに買いたかったが財政事情が悪くすぐには買えなかった。

で、最近になってメーカーが再生産したので集めだしたのだ。
(さすがに20両いっぺんには買えない)

ちょうど偶然にも同時代に登場したワキ8000が天賞堂から
発売されたので両車を比べてみよう。

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