2015_09
08
(Tue)05:41

北への男旅 12日目 第1話



男旅も後半になりました12日目。
本日のルートは名寄に住む旧友を尋ねるため朱鞠内経由で
のんびりと走る140kmと走行距離少な目。

羽幌の宿で昨夜の同部屋のライダーを見送ってから準備して
走り出したのは午前10時近くになってました。


そばのはな

朱鞠内湖を一周する道路に入ると周囲は蕎麦畑。
ここ歌志内から名寄周辺までは日本一の生産量を誇る
蕎麦畑があちらこちらに見えます。




通行止め

ありゃあ?

なんと周回道路に入ってから5分もしないうちに通行止。
後でわかったのですがこの先は何年も前からこの状態らしい。
だけど情報が止まってるらしくナビには何も規制表示が
出ませんでした。

特にこの先、生活に必要なものがある道路ではなく
迂回する道路もあるとは言え看板の1枚も無くここまで
来なければ通行止めがわからんなんて・・・・

まあ見落としたのか知れんけど


けつね

仕方なく元の道に戻って走っていると出てきましたよ。

北海道名物 野生のけつね!

さすがに野生らしく非常にキツイ顔していますね。
誰がこれ、カワイイなんて言ったんでしょう? ^^

ちなみに北海道滞在中、道路で見た野生動物は
キツネが3回、鹿が1回と今回は少なめでした。
この付近で熊の目撃もあったと後日に聞きましたが。


ひまわり
※クリックして大きな画像で見てください。

名寄市内に向かって走ってると道路脇に「ひまわり畑」の
幟を見つけたのでちょっと入って行ってみました。
カーブの途中に幟だけの入口があるせいなのか、気が付かず
素通りしてしまうのでしょうか? 誰一人といませんでした。

また国道を外れてここまで来るのに距離は無いのですが
この道は普通乗用車や重量級のバイクでは入るのを
ためらってしまうほどの悪路なのも理由かも知れません。


偶然見つけたので何か得した気分です。^^



N名寄道の駅

時間があるので道の駅で休憩です。
この道の駅は検索したらコインランドリーがあると知ったので
ここで溜まった洗濯物を洗うことにします。

地元の人が郊外の道の駅に洗濯しにくるとは思えないので
やはりキャンパーや旅人向けに設置されているものらしい。
道外ではあまり見かけませんよね?


さあ今夜も26年ぶりに友人と再会です。


12日目 第2話につづく




2015_09
07
(Mon)03:10

北への男旅 11日目 第2話



稚内港に到着したのは午前10時半過ぎ。
本日のルートはオロロンラインを下って羽幌までの190km。
天気は相変わらずの曇天、空を見上げると進行方向に向かって
更に雲が厚くなっているので不安です。



オトンルイ

オトンルイの風車群に着きました。
発電用風車は毎日行ってる勤務先の周囲にもたくさんあり
見慣れたもので珍しくないですが、周囲に何もなく一直線状に
28基もの風車が並ぶさまは圧巻でございます。




羽幌Ⅱ

道内には数多くのモニュメントやら像があり名所になってる
所が多いのですが、ここはあまり知られてないのか撮影中にも
数多くのバイクが素通りしていきました。^^;

トイレも自販機も無い空き地だからかな?

このオロロンラインは晴れてれば景勝地ですが相変わらず
いつ泣き出してもおかしくない空なので景色が無ければ
150kmに渡って殆ど店も街も何も無い未開の地。

携帯電波があるのが不思議なくらい



吉里吉里

何とか濡れることなく本日の宿に到着。
本日の宿はドミトリー形式の民宿では老舗中の老舗。
今年で開業40周年の 「吉里吉里」 さんです。

私も初めて渡道した30年前からその名は存じて
ましたが利用するのは今回が初めてなのです。
午後3時とまだ早い時間ですが既に何台かのバイクが
到着していました。



吉里吉里部屋

今夜の寝床です。
反対側にベッドがもう2つあり3人部屋になってます。
同部屋の人は一人は昨夜も礼文で一緒だったライダーで
もう一人は今日北上してここで待ち合わせたという友人さん。
同じライダー同士だし年も近いオジサン仲間なので
すぐに打ち解けて話に花が咲きました。



吉里吉里夕食

普通、民宿と聞くと和風=和食って言うイメージが
少なからずありますが北海道の旅人宿は洋食の方が
多いように感じます。

安宿だからって手を抜くことなくキッチリ料理された
地元特産の食材を中心にした場合が多く高価な宿に
行かなくても十分北海道を味わうことが出来ます。

本日も羽幌特産の甘海老(正式名忘れた)が一人
8尾も付いてフルコース並の料理に大満足です。
更にビール3杯、竹鶴のロック1杯飲んで朝はこれまた
ボリュームも品数もたっぷりの朝食が付いて約7000円。

安いと思いません? ^^

都会のビジネスホテルなら食事なしで取られる金額です。
いくら物価の安い北海道だからって食材以外のコストは
本州とさほど変わらない中、この値段は頭が下がります。

近くの温泉も入ったし楽しい話とおいしいお酒で
心地よい夜は更けていきます。


12日目 第1話につづく








2015_09
05
(Sat)07:45

北への男旅 11日目 

桃出発
※旗の模様に政治的な意図はございません。^^

桃岩荘を去る日が来ました。
香深港を朝1番に出港する船に乗るため朝食後すぐに荷造り。
私はバイク置き場までですが、歩いて港に向かう人と一緒に
ヘルパーさんと連泊者の見送りを受けます。

ここから300Mくらいは上り坂なので眼下にいつまでも
いつまでも見送る人の姿が見えるその名も 「見返り坂」。
何度も何度も振り返り、手を大きく振り返します。
もう声が届かないと解っていても見えなくなるまで彼らは
唄を唄い続けるのです。

演出なんかではありません。
私もかつて毎日見送る側にいて本気で全力で唄ってました。

いつか絶対戻ってこいよ

またきっとここで会おうぜ

忘れないでくれこの島を

忘れないでくれ俺たちを

今引き返してもいいんだぜ


本当に心からそう思って気持ちを唄にぶつけました。
顔を覚えて仲良くなったホステラー(宿泊者)と別れるのは
ヘルパーだってつらいんです。



西海岸1

バイクに跨り、徒歩の人に 「後で港で!」 言って別れ
港に向かって走り出すと突然想いがこみ上げたのか
涙が止まらなくなりました。

トンネルの入り口まで来たところで一旦バイクを停め
今度はいつ見られるかわからない西海岸の景色を
脳裏に焼き付けようとするのですが・・・

嗚咽交じりの涙で前なんか良く見えません。
どうせ周囲は誰もいないので心から吐き出すかのように
気持ちを振り切るかのように思いっきり泣いたのです。


お見送り1

ようやく区切りをつけて港に行き、手続きを済ませて
フェリーに乗りこむと、ここでも盛大なお見送りが始まります。
出港までの10分ちょっとの間、唄と踊りで別れを惜しみます。





これは3年前の映像ですが港での見送りの様子です。
映像の終盤でも聞こえますが泣いている人の声が・・・
この熱いお見送りを受けて船が動き出した途端に
涙ぐむ人が多かったですね。

私は港に着く前に一人で思いっきり泣いたので
けっこうスッキリしてましたが。(笑)



出港1

少しづつ小さくなっていく礼文島。
皆が客室に戻ったあとも一人でデッキに立ち眺めてました。
長年の想いを果たした満足感と再び別れなければいけない
現実との複雑な思いを絡め、ただ黙って島を見ていました。


旅はまだまだ続きます。


11日目 第2話につづく









2015_09
05
(Sat)04:06

北への男旅 10日目 

もも崖
※本文と違って画像は到着日のものです。

島に来て2日目になりました。
ここ桃岩荘では厳しい規律により全員が朝6時半に起床です。
消灯はイベントなどで遅らすこともありますが起床は不変。

酒は飲めないし掃除や食器洗いもあるしプライバシーなんて
ほぼ無い昭和時代のままのYHなので今時の人には敬遠
されることもありますが、でもここがいいと戻ってくる人も
たくさんいる今や日本一不思議な宿です。

前記事で周囲2km何も無いと書きましたが、それどころか
立地そのものも特殊で後ろはしょっちゅう崖崩れを起こす
100m級の岩山、前は数歩歩けばすぐ海です。

よくもまあこんなところに宿が

と感じる方も多いでしょうが元から宿だった訳ではなく
ここは明治初期に建てられたニシン番屋だったのです。
それを50年ほど前に改築・大修繕をして宿になったのです。

ニシン番屋自体はかつて北海道の沿岸に数多くありました。
残っているものもありますが殆どが観光用に整備され
見学用でして、ここのように転用されてるけど現役なんて
他には1軒もありません。

建築されて、すでに150年近く経ちますし現役で使用する
為に何度か改築され原型はやや損なわれていますが
柱や梁などの基礎は当時のまま手を加えられてません。



いろり2

これが桃岩荘のメインルーム 「いろりの間」 です。
夜のミーティングはもちろんですが、その時間以外は
宿泊者同士が歓談したり昼寝したりおやつ食ったりと
自由に過ごせます。(現在は禁煙になりました)

私は昼食終えて皆が出払って誰もいなくなったここで
大の字になって昼寝をするのが大好きでした。
聞こえるのはゴメ(海鳥)の鳴き声と波の音だけ。
人工物の音は時々宿の予約電話が鳴るくらいです。

ヒンヤリとした床板と差し込む柔らかな日差しと
心地よい風、そして自然だけの音・・・・。
ここは時間の流れ方が明らかに違うのです。

贅沢で穏やかな時間を満喫できます。




ゴロゴロしていてもいいのですが折角なので島散策。
相棒に跨り、島の先端まで走ることにしました。
小さな島なので端から端まで走っても40km弱です。



島で昼食

散策がてら先代ペアレントさんの墓参りも済ませて
港近くまで戻ってくるとちょうどお昼過ぎになりました。
昨日はウニ丼と贅沢しましたので今日はコンビニ弁当。
港の岸壁で利尻富士を見ながら頂きます。

飯食いながら明日には島を出ることにしました。
予定では3泊するつもりでしたが、これ以上いると
また抜け出せなくなってしまうかも知れないと。

1987年に初めてここに来た時はあまりの居心地の
良さにいきなり9連泊し、一か月後にはまた戻って
11連泊するという自身初の快挙?を達成したのです。

それまでの旅では同じところには2連泊以上はまず
しなかったし、その2連泊だって洗濯物が溜まってたか
天候が悪くて仕方なくの場合が殆どでしたから。

人により合う合わないはありますが私にはこれまで
経験したことのないほど波長の合う場所だったのです。
何もしなくても退屈なんて感じないし、ただそこにいる
だけで不思議と心地よい場所なんです。

早く島を出ないとまずい!

快楽を覚えている細胞が目覚める前にここを出ます。
いまならまだ振り切れるはずと心に決めて・・・。



11日目につづく


2015_09
04
(Fri)06:26

北への男旅 9日目 第4話

ベンチ

24年ぶりに帰島したその日、礼文は10日ぶりの快晴。
まるで自分を待ってくれていたかのように感じてしまいます。
番屋の前にある、このベンチに座って海を眺めるのが
どんな娯楽より贅沢で心安らぐ時間だったあの頃・・・・



ネコ岩

猫は相変わらず水平線を眺めていました。



夕日

目の前の海に夕焼けが広がります。


夕日2

久しぶりの夕日にギターマンが現れ 「夕日の儀式」 が始まります。
唄の先行をするヘルパーに合わせて、この日の同宿者が集まり
みんなで唄を唄って沈みゆく太陽を見送ります。
今日の唄はブルーハーツに吉田拓郎でした。



タコカレー

夕日前に風呂は済ませておいたので夕食を頂きます。
今日のメニューはプリプリのタコの足入りカレーです。
近年はヘルパーの人手不足もあってか丼モノが多いそうです。

大変おいしかったです。^^v


ミーティングだよ

さあ桃岩荘名物の唄って踊るミーティングが始まります。
かつては日本中の多くのYHで見られたミーティングの光景。
昔のままを貫いているのはここ桃岩荘だけになりました。

北の果ての離島、それも街から離れており周囲2kmは
人家も何も無いという桃岩荘独特の環境が世俗に毒されず
70~80年代の全盛期のままの姿を今に伝えています。

近年になって携帯電波は届くようになりましたが今も
テレビは見れませんしラジオだって置いてありません。
飲料水はありますが下水はありませんしシャワートイレ
なんて望むべくもありません。

しかしそれで何も不自由は感じないのです。
世の中の流れる情報の99%は無くても生きることに
何も支障が無いということに気が付かされます。



10日目につづく・・・・





2015_09
02
(Wed)20:40

北への男旅 9日目 第3話

桃岩荘に帰ってきた。

平成27年8月6日午後2時30分。

24年ぶりに帰ってきた桃岩荘。

この日を迎えることを何度も・・・・

何度も何度も夢に見てきた。

夢は時に夢だと気づくほどだった。

そして目が覚めるといつも僕は

絶対にいつか本当に帰るんだと

誓って生きてきた四半世紀。

僕にとって人生の大きな気転に

なった北の果てのニシン番屋。

今ここにいることが信じられない。

生きてるうちに再び帰ってこれた。

この胸の思いを伝える言葉が

何も見つからない。







9日目 第4話につづく

2015_09
02
(Wed)09:30

北への男旅 9日目 第2話

香深港1

礼文島の玄関口 「香深港」 に船体が接岸します。
パッと見は ’91年に最後に訪れた時よりやや周囲の建物が
増えているような気がしますけど・・・・?

画像の右手に緑色のホロをしたトラックが写っていますが
これが桃岩荘の送迎車、その名もブルーサンダー号です。
残念ながらこれはバイクや車で島入りした人は乗れません。

送迎車なので島で足の無い人専用です。

トラックを使ってどのように人を運ぶかは大人の事情により
元関係者としてもここに詳しく書くわけには行きませんので
知りたい方は適当にググってください。^^

ここ礼文島に限らず離島ってやつは治外法権的な慣習
ってのが少なからずありまして、たとえ知ってしまっても
黙って受け入れること・・・・それが郷に入るルールです。



はなしん

元桃岩荘のヘルパーとして上陸したら最初に行く所。
ペアレント(オーナー)夫妻の拠点でもある民宿です。
桃岩荘ってのは6月から9月末までしか営業してません。
普段は通年営業であるこちらの民宿をメインにしてます。
(この民宿もかつてはYHでした。)

残念ながらオーナーは不在でしたが奥さまがいました。
「ご無沙汰してます」と挨拶するとすぐに思い出してくれて
もうこの時点で感極まって泣いてしまいそうでした。

帰って来れたんだ!この島に。

島在住の方とお話ししてここで初めて実感したのです。
オーナーも夜には桃岩荘の方に毎晩顔を出すという事で
ここでは簡単な挨拶だけして、おいとましました。



桃岩トンネル
良く見るとトンネルアーチも桃の形をしています。^^

港のある東海岸からも桃岩荘のある西海岸に行くには
峠を登りトンネルを超えるとそこから西海岸になります。
このトンネルの周囲は昨年秋の集中豪雨で崩落してしまい
当時桃岩荘に居たスタッフとお客さんが閉じ込められました。
ヘリコプターによる救出をニュースで見た方も多いのでは?

周りを見るとまだ土砂崩れの痕跡があちらこちらにあります。
左側の土色の部分、右側のコンクリで固めた部分などが
そうでして本来は草が生えていて緑色だったところです。

ちょうど私のバイクが停まっているあたりは当時完全に
埋もれてしまいまして全く通行できない状態だったそうです。
元々地盤がゆるく、これまでにも何度も崩れてますが
昨年の災害程、大規模なものは記憶にないですね。



地蔵岩

峠を下り、途中にある脇道に入ればすぐに桃岩荘ですが
ちょっと寄り道して反対側にある地蔵岩に来てみました。
画像奥にある二等辺三角形の高くそびえる岩がそうです。

私の現役時代までここの海岸はハイキングコースの一部で
地蔵岩もすぐ近くまで行けましたが度重なる事故で現在は
立ち入り禁止となってしまい、これ以上近づけません。

※吉永小百合主演の 「北のカナリアたち」 撮影では
  町の特例でこの海岸でロケしています。


撮影と言えば嫁と初めて会って初めて2ショットを撮ったのは
この地蔵岩のふもとでしたね。 二度と入れないのが残念。



うに丼

ちょっと順番が前後してしまいましたが島に到着したとき
ちょうどお昼過ぎだったので念願だったウニ丼食いました。
日本一の利尻昆布食ってるウニだからそりゃ美味い!

一時期はかなり高騰し札幌辺りの都市部で食べると
7000円以上したと聞きますがここでは3500円でした。
安くはないけどウナギの特上レベルの値段なら合格です。
ウナギと違ってどこでも食べられるものではないしね。


さて桃岩荘に向かいますか!



9日目 第3話につづく



2015_09
01
(Tue)05:23

北への男旅 9日目 第1話



男旅9日目。

朝8時、二晩お世話になった抜海の宿を出て再び北上。
礼文島に渡るため稚内のフェリーターミナルを目指します。
距離にしてわずか20kmなので30分程で稚内市内に。

フェリーの出航は午前11時とまだまだ時間があるので
少し観光しようと市街地外れにあるノシャップ岬に
向かうことにしました。



ノシャップ岬

やはりここも四半世紀前とは様変わりしてました。
以前は画像中央奥に見える 「ノシャップ岬」 と書かれた
看板が漁港沿いの道にポツンと立っているだけでしたが
駐車場が整備され謎のモニュメントまで設置されてました。

んもう最果て感、台無し!

周りに何も無かったから良かったのに

滅多に人が来なくて静かだったのに


どうも稚内の市政は金の使い方を間違えてますな。
いかに客がカネを落とすかだけ考えて本来の良さを
掻き消してしまうやり方は己のクビ絞めるだけですよ。


稚内港1

稚内のフェリーターミナルに着きました。
港全体の再開発により昔と比べて場所が東寄りに
300mくらい移動して全ての設備が一新されてます。

一番大きな違いは、かつては地上からタラップを使って
乗船(車やバイクを載せない人のみ)してましたが
空港のようなボーディングブリッジ式に変わったことかな。

ここでも最果て感台無し! 

とまあこれは普通の乗客から見れば雨でも風でも
外気に晒されず乗船できるから冬の厳しいことを考えても
これは仕方ないかな? 風情風情と言ってられません。


稚内港2

受付時間が来たのでさっそく手続をしました。
バイクはここに置いて行けば乗船料は2400円で済むけれど
ここまで来たからには連れて行ってやりたいし島を走りたい。
バイクを載せると運賃は3倍にもなってしまいますが・・・・

ここからは約2時間の船旅の始まりです。
北海道上陸して8日目になってやっと長年一番帰りたかった
場所へ向かいます。


9日目 第2話へつづく





2015_08
31
(Mon)05:29

北への男旅 8日目

ばっかす内部
※画像は前日の到着時のものです。

男旅8日目になりました。
この旅初めての休養日なので本日のバイク走行なし。
毎日バイクで移動し続けることは想像以上に疲労が
溜まるみたいでここ2~3日朝起きるごとに実感してました。

帰る船が決まってますので昔のように好きなだけ休養って
わけには行きませんが、できるだけ道内での日程に余裕を
持って計画しこんなこともあるだろうと思ってたので
まだ想定内の計画変更であります。

そして疲労もそうですが出発時に痛めた腰が悪化し始め
たのと昨日テントが壊れたので今後どうするか考える
時間が欲しかったという理由もあってです。



海鮮丼1

そうは行っても1日中宿の中でゴロゴロしてるのも
なんなので稚内市内まで散髪に行くというご主人の
クルマに同乗して市内散策と昼食に出かけました。

駅前でクルマから下してもらってまずは昼食です。
腰が痛くてあまり遠距離は歩きたくないので駅近くの
海鮮市場で海鮮どんぶり1680円也。

これがなんと旨くない・・・

ここのところの悪天候で漁に出てないからなのか
期待したほどの鮮度もないし味もなんかもっさりしてる。
このレベルなら地元で食べても変わらない。



稚内駅

昼食後、稚内駅周辺をぶらぶらしてると何かがおかしい。
上の画像を見て何かお気づきになることはありませんか?
そうです8月の観光シーズンのお昼時だというのに・・・・

人がほとんど居ない!

私の知ってる25年前の稚内駅前は旅人で溢れていました。
駅前には常に10台以上のバイクが停まり、構内は大きな
バッグを持った旅行者でごった返していました。

それが今回は周辺どこを見てもガラガラ・・・そういえば
先ほどの昼食時も店内にいた客は3~4人くらい。
中国人だらけのツアーバスはそこそこ駐車場にいましたが
いわゆるそれ以外の旅行客がほとんどいないのです。

駅周辺は再開発され当時と比べて立派な駅舎や
大きなホテルが建ち、道も広げられて綺麗になりましたが
その広さが余計に人の少なさを強調しているようです。

迎えに来た宿のご主人のクルマに乗り、そんな感想を
話すと稚内も人口の減少が激しく、国内旅行客の激減と
あって昔日の賑わいは望めないとの事を嘆いてました。

そんな先行きが見えているにも関わらず大規模な再開発を
したおかげで行政は大赤字に転落していてこのままでは
第2の夕張になりかねないらしい。

事実、港にあった10数回建ての大きなホテルは営業は
しているものの既に当初の経営会社は撤退し現在は
別会社になっていますが集客は芳しくないそうです。

確かに本州からこの北の果てに来る時間と費用を考えたら
近場の海外に行く方が遥にいいと考える人が多いでしょう。
LCCが発達した近年はなおさらそうなんでしょうね。

あと鉄ちゃんとして一言書かせてもらいますが
立派な近代ビルになった稚内駅は少々やり過ぎ感が。
大体ホーム1面線路1本しかない駅にこんな立派な建物は
全く似合いませんね。

昔の最果感たっぷりの情緒ある駅舎の方が数倍好きです。
古くなったから立て替えるのは仕方ありませんがもう少し
需要に合わせたものにならなかったのか?


ところで壊れたテントは結局修復を諦め、自炊道具以外の
キャンプ用品は自宅に送り返すことにしました。
この先は全て宿になりますが自分の身体の状態から
致し方ないとの判断の結果です。

さすがにこれは想定外でしたけどね。^^;

やれやれ・・・



9日目につづく


2015_08
30
(Sun)05:11

北への男旅 7日目



早いもので旅に出てから1週間が過ぎました。
今日のルートはオホーツク沿いに北上し最北端の
宗谷岬を経由して稚内を少し過ぎた抜海までの330km。

一般道のみの距離としてはこの旅最長なので東横インを
無料サービスの朝食も食わずに午前6時半に出発。
距離があるといっても稚内まで一切大きな街が無いので
時間は十分なのですが大きな不安要素がありまして・・・

恐れていた天候の悪化です。


網走市は早朝の時点で厚い雲が広がっており昨夜の
天気予報でも降雨確率70%とほぼ絶望的な確率。
バイクのりにとって長時間の雨は何よりつらいのです。


宗谷岬

結局、途中昼食で休憩した以外は一切観光せず
休憩せずで途中ポツリとは来たものの何とか雨に寝れずに
午後1時半には宗谷岬に無事到着することが出来ました。

ここでは他のライダー何人かとお話ししたのですが
これから私が行く稚内方面から来た若者は雨から逃げる
ように稚内市内からここまで来たとの事。

ここから稚内市内を通過して宿のある抜海まではまだ
50kmほどありますから、もう雨は避けられないと観念。
荷物に雨対策のカバーをかけ合羽をすぐに着られるように
出しやすい場所にセットして走り出しました。

ちなみに宗谷岬ですが上の画像部分はあまり四半世紀前
と変わっていませんでしたが駐車場は若干広くなって
整備されたように感じました。

それと昔は駐車場横のお土産物屋から四六時中
「宗谷岬」の唄がスピーカーから流れていましたが今回は
一切聞こえませんでしたね。



稚内どーむ

なんとか稚内市内まで降られず済みましたがまだ空は
怪しいままなので稚内ドームのみ見学して観光終了。
ところでこの稚内ドームって何の為にあるかご存じですか?

行ったこと無くてもメディア等で姿をご存知の方は
多くいると思いますが、その役割についてはあまり
詳しく取り上げられる事もないので知らない方が多い。

稚内ドームは正式名称を 「北防波堤ドーム」 と言います。
ならば防波堤じゃないの?と言われれば確かに今もその
役目を果たしているんですがそれだけではありません。

実はここ戦前まで鉄道駅だったのです。

稚内駅から伸びてきたレールがドームの支柱の前に
2線あって支柱の後ろが鉄道ホームでした。
当時、稚内と樺太を結ぶ航路があって鉄道からの
乗り換えの利便を図って建設されたものです。

一応鉄ちゃんなのでこれ豆知識な! ^^b



ばっかす

今夜の宿は抜海にあるその名も 「旅人宿 ばっかす」。
ここも元旅人が北海道に移住して経営するドミトリー宿です。
宿のご主人は私は初めてお会いするのですがフェイスブックで
頂いた友人からの情報によると私と共通の友人が多いみたい。

それもそのはずでご主人と話して解ったのですが彼も桃岩荘の
ホステラーとして89年に島を訪れており、それも私が乗ってきた
船で島抜けしたので当時港でニアミスしていたのです。

ニアミスして26年後に初めて会う

考えて見れば不思議な巡り合わせです。
ご主人も同じフェイスブックのコミニュティに属していたらしく
桃岩荘の元ヘルである私がここに向かっていることを共通の
知人から情報を得ていたのでした。

この宿に泊まると決めたのは昨日なのに、そのことをフェイス
ブックで流したらご主人を知る私の友人が気が付いて
ばっかすの主人は知ってるよとのメールを私も受け取って
いました。

あえてその事は言わずに宿入りしたんですけど
1時間もしないうちにご主人にバレました。^^;
凄い世の中になったものです。

悪いことも出来やしない!

さて旅も1週間になり疲れが抜けなくなってきていて
天気が悪いこともあり、この旅初めての休養を取る
ために早々とここに連泊することを決めました。



8日目につづく



2015_08
29
(Sat)04:28

北への男旅 6日目 第2話

知床

知床峠の頂上に着いたのは午後1時過ぎ。
天気はピーカンで大変景色も良いのですが標高が高いので
走ってると寒く感じて、8月だというのにトレーナーを着ました。

ほぼ同じ緯度にある旭川なんかでは暑いと報道されても
なぜか道東地区は低地でもあまり気温が上がりません。
夏場の天気の悪いことの多い道東でこのピーカンですから
文句言っちゃあいけませんがね。
(実際にこの翌日には大荒れだったらしい)



原生花園

8月は大型連休とあって一番ライダーの多い時なんですが
本当のこと言うと一番見どころの少ない時期です。
花々も6~7月のがはるかに綺麗だし食い物も秋の旬が
多いし、夕日や星空も夏より秋でしょう。

ここ原生花園も8月に入ってからだと花などほとんど無くて
ただの広い草原です。
それでもツアーバスは結構来てました。
なに見に来たの? (オマエモナー)^^;



呼人浦

午後3時に本日の野営地に到着しました。
ここは網走中心街から5分程走った郊外にある網走湖の
湖畔でJR石北線沿いにある 「呼人浦キャンプ場」です。

設備こそ水場とトイレ位しかないけれど網走湖に沈む
夕日を水辺のテントで見られるロケーションは最高だと
の評判からここを選んでみました。

しかもここ利用料無料なんです。

北海道がキャンプ天国と言われるのはこうした公費で
整備されたキャンプ場が無料で開放されている場所が
多いことにつきます。

脇に国道が走っており静かさという点では減点ですが
夜になれば通行量も大したことないし、他がこれだけ
充実してれば文句の言いようがありません。

さすが旅人にやさしい北海道!

さっそく場所を決め晩御飯を何にしようかとウキウキ
しながらテントを張り始めた時にそれは起こりました。
メインポール(屋台骨)を金具にセットしようと曲げると・・

メキ・・ メキ・・  ボキッ!

なんとテントのメインポールが音を立てて折れました。
あまりの予想外の出来事にしばし唖然・・・・。
予備も無い部品ですからもうこれでテントは張れません。

この時、冷静になれば簡単な応急措置で一晩くらいなら
凌げたのですが軽いパニック状態で広げたテントを
畳み、気が付いた時にはビジネスホテルを予約してました。


東横イン

人生初の東横イン!

網走駅前にあるビジネスホテルに入ったのですが
あまりのショックにしばらく動けず、とにかく落ち着くのを
待って今後の事を考えねばなりません。

近くのファミレスで夕食を取り、コンビニで酒を買い込んで
シャワーを浴びたらようやく冷静になれました。
そして一番重要な問題の解決策を探ります。

壊れたテントのポールをどうするのか。
応急処置を繰り返しながら使うのか。
いっその事どこかで新品を買い直すのか。
しかし北海道のどこで売ってるのか。

やけ酒を煽りながらタブレットで検索している
うちにいつのまにか寝てしまいました。


7日目 第1話につづく






2015_08
28
(Fri)06:18

北への男旅 6日目 第1話

摩周湖

男旅6日目の朝。
日も登らぬ早朝から宿主のA君に起こされてクルマで10分。
名前の通りの霧の摩周湖に連れて行ってくれました。

摩周湖はこれで来るのは3回目ですが何故かいつも
晴れてて雲海を見ることが出来たのは実は初めて。
湖面の見える湖も綺麗ですがこれはこれで味があるな。



また逢う日まで

楽しかった再会の宴も終わりA君ともここでお別れ。
「今度いつ会えるかわからないけど必ずまた会おうな!」
そう言って何度も固く手を握り締めてくれた。
出発前の記念写真の後、見えなくなるまで見送ってくれた。

離れてたって会えなくたって

僕たちは一生の友達です。


暖かく迎えてくれてありがとう。
必ずまた会いに来るからな。

そう伝えようと思ったけど胸が詰まって
泣き出しそうなので涙を見られないように
サングラスを掛けて走り出しました。





今日のルートは標津からオホーツク海に出て知床を縦断し
網走までのおおよそ230kmの予定です。

昨日までの不安定な天気はどこへやらこの時期の道東
にしては珍しいピーカンな青空がとても気持ちいい。



マーボー丼

知床に入る前にお昼ご飯はまたもやセイコマのどんぶり。
このセイコマ(またはセコマとも言う)のコンビニはテレビで
知ったけど旅人にも本当に便利なのだ。

ほとんどの店舗が調理場を持ち出来立てを提供して
くれるしお惣菜なんかも最初からひとり分の分量をどれも
100円で売っているのでお昼ご飯はもちろん夜のキャンプに
もう一品おかずが欲しいなんて時に大変重宝する。

20代の時に訪れた北海道にはコンビニはほとんど無くて
それどころか道の駅なんてのも無かったから知らない街で
キャンプの食材を買うのに苦労してました。

今は水や食料の調達も困らないし清潔なトイレもある。
それに立ち寄り先が増えたから旅人同士の情報交換の
場も増えて一見良いところばかりに見えるが・・・

「買ってでもする苦労=旅の思い出」

という図式がやや崩れたような気がしないでもない。
中年になった今の身にはともかく、若き旅人にはもっと
旅で苦労してもらいたい思いも捨てきれない。

楽な事は何も記憶に残らないし

まあオヤヂの戯言なのかな・・・・



さて腹もチャージ完了なので知床へ向かいます。


6日目 第2話につづく

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