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2015_08
30
(Sun)05:11

北への男旅 7日目



早いもので旅に出てから1週間が過ぎました。
今日のルートはオホーツク沿いに北上し最北端の
宗谷岬を経由して稚内を少し過ぎた抜海までの330km。

一般道のみの距離としてはこの旅最長なので東横インを
無料サービスの朝食も食わずに午前6時半に出発。
距離があるといっても稚内まで一切大きな街が無いので
時間は十分なのですが大きな不安要素がありまして・・・

恐れていた天候の悪化です。


網走市は早朝の時点で厚い雲が広がっており昨夜の
天気予報でも降雨確率70%とほぼ絶望的な確率。
バイクのりにとって長時間の雨は何よりつらいのです。


宗谷岬

結局、途中昼食で休憩した以外は一切観光せず
休憩せずで途中ポツリとは来たものの何とか雨に寝れずに
午後1時半には宗谷岬に無事到着することが出来ました。

ここでは他のライダー何人かとお話ししたのですが
これから私が行く稚内方面から来た若者は雨から逃げる
ように稚内市内からここまで来たとの事。

ここから稚内市内を通過して宿のある抜海まではまだ
50kmほどありますから、もう雨は避けられないと観念。
荷物に雨対策のカバーをかけ合羽をすぐに着られるように
出しやすい場所にセットして走り出しました。

ちなみに宗谷岬ですが上の画像部分はあまり四半世紀前
と変わっていませんでしたが駐車場は若干広くなって
整備されたように感じました。

それと昔は駐車場横のお土産物屋から四六時中
「宗谷岬」の唄がスピーカーから流れていましたが今回は
一切聞こえませんでしたね。



稚内どーむ

なんとか稚内市内まで降られず済みましたがまだ空は
怪しいままなので稚内ドームのみ見学して観光終了。
ところでこの稚内ドームって何の為にあるかご存じですか?

行ったこと無くてもメディア等で姿をご存知の方は
多くいると思いますが、その役割についてはあまり
詳しく取り上げられる事もないので知らない方が多い。

稚内ドームは正式名称を 「北防波堤ドーム」 と言います。
ならば防波堤じゃないの?と言われれば確かに今もその
役目を果たしているんですがそれだけではありません。

実はここ戦前まで鉄道駅だったのです。

稚内駅から伸びてきたレールがドームの支柱の前に
2線あって支柱の後ろが鉄道ホームでした。
当時、稚内と樺太を結ぶ航路があって鉄道からの
乗り換えの利便を図って建設されたものです。

一応鉄ちゃんなのでこれ豆知識な! ^^b



ばっかす

今夜の宿は抜海にあるその名も 「旅人宿 ばっかす」。
ここも元旅人が北海道に移住して経営するドミトリー宿です。
宿のご主人は私は初めてお会いするのですがフェイスブックで
頂いた友人からの情報によると私と共通の友人が多いみたい。

それもそのはずでご主人と話して解ったのですが彼も桃岩荘の
ホステラーとして89年に島を訪れており、それも私が乗ってきた
船で島抜けしたので当時港でニアミスしていたのです。

ニアミスして26年後に初めて会う

考えて見れば不思議な巡り合わせです。
ご主人も同じフェイスブックのコミニュティに属していたらしく
桃岩荘の元ヘルである私がここに向かっていることを共通の
知人から情報を得ていたのでした。

この宿に泊まると決めたのは昨日なのに、そのことをフェイス
ブックで流したらご主人を知る私の友人が気が付いて
ばっかすの主人は知ってるよとのメールを私も受け取って
いました。

あえてその事は言わずに宿入りしたんですけど
1時間もしないうちにご主人にバレました。^^;
凄い世の中になったものです。

悪いことも出来やしない!

さて旅も1週間になり疲れが抜けなくなってきていて
天気が悪いこともあり、この旅初めての休養を取る
ために早々とここに連泊することを決めました。



8日目につづく



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