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2007_10
28
(Sun)08:39

心象風景

昭和50年頃だったでしょうか・・・
姉が京都に移住することになり、せっかくだからと家族で観光に
出掛けることになりました。 
親父が亡くなってから旅行に出るのは初めてでした。

初めて乗る新幹線に心ウキウキでデッキに飲料水があることや
客室扉が自動ドアだったのに感動し普段は東海道緩急の古い電車しか
乗る機会のなかった私には最先端の車両が眩しく見えたものです。
(既に新幹線は開通10年を越えていたが車両は0系だけの時代)

一通りはしゃぎまわった私も県境を出る頃には落ち着いて
窓際の席に座り車窓の景色をボーっと眺めてました。
岐阜羽島を過ぎ、米原駅に近づいて来るとそれが見えてきました。
もしこの時に座った席が山側だったら出会いは無かったかも知れません。

それがこの機関車。

DD50だよん


初めて出会ったこの時に彼らは既に運用を終えており廃車前提の
2休車でターンテーブルの側線に一族6両がほぼまとまって置かれてました。
当時の知識ではそれがどんな機関車か知らなかったので家に帰るとすぐ
鉄道ファン誌をめくって探したことを今でも鮮明に憶えてます。

その後に何度か新幹線で通るたびに彼らを探し見つけるたびに
少しずつさびれて行く様子に心痛めていました。
何年間も放置が続いてましたが確か高校の修学旅行で通った時は
姿が消えていたように記憶しています。

誰にも知られずひっそりとそして永遠に・・・・


それから10年後に模型趣味に戻ってきた私はDD50を
探しましたが当時は市場に全く無い状態でした。

そして更に数年後に浜松の「うなぎ模型」でついに発見!
委託品で未塗装の状態でしたが長年探してたので迷わず購入。
それは「アスカ模型」と初めて聞くメーカーの70年代の製品で
見た目にはさすがに古さを感じさせましたがインサイドギヤながら
スパーギヤにデルリン(樹脂の一種)を使用し前オーナーの仕事なのか
サガミの缶モーターが付いていて店頭の試走でも恐ろしく静かに
走ったのです。 数年間所有したあと結局は手放してしまいました。

実は既に ’93年に発売されたカツミ製に心奪われていたのです。
模型誌でその写真を見た時はどうしても欲しい!と思ったのです。
とかくDD50と言えば使用された地域も限られ、かつ少数しか
存在しないうえ車体も2種類あり商売としての期待値はそれほど
高くないのは素人目にもわかりましたのでキットはともかく
完成品としての発売は想定外(←なんかなつかしいな)でした。

またカツミとしても何故か非常にチカラを入れて製品化しており
当時としては最高級の構成で作られております。
しかしその分はしっかりお値段に現れており、どうしても
2両必要なのに1両で約90,000円!の驚きプライス。
確か同社のEF65でも同じくらいの価格帯なのに。
そりゃ買える訳ありません。

そして更に更に時は流れて ’07年の現在。
「求めなさい! さすれば与えられるであろう」の主の言葉通り
現在手元に長年の憧れだったそのカマがあります。
欲を言えば晩年の朱色が欲しかったのですが前オーナーの趣味で
茶色の2次型です。
ちなみに朱色なら発売から14年経った現在でも、とある模型店に
2セットも在庫があるのでその気になれば入手できます。

で、昨日から完成仕上げに入りました。

新兵器登場


ダミーの連結器をケーディに交換しブレーキ引き棒を台車に接着。
そして2次型のナンバーはプレートではなく切り抜き数字なので
製品付属のものは使わずTOMIXのメタルインレタにしました。
(なぜか発売形式に無いDDのインレタも入ってます。)

3週間後の花月園運転会では茶色の客車や黒い貨車を牽いて
華々しくデビューの予定です。
初めての出会いから32年目にようやく夢が叶いそうです。

いまの気持ちですか?

(゚∀。)ワヒャヒャヒャヒャです。

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