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2011_02
20
(Sun)16:03

衝撃の出会いから35年

初めて見たのは新幹線の窓からだった。
時は昭和50年頃の米原駅、新幹線の高架横にある米原機関区。
転車台の脇の線路にそいつらは6両がほぼ並んで留置されていた。
既に車体には錆が目立ち、この時点でもう使われていないとわかった。
後の調べで廃車前提の第2種休車だったらしい。

生きた姿には残念ながら間に合わなかった。

最初に会ったのが朽ちる寸前の姿だとは当時小学生だった私にはショックだった。
それからも米原を通るたびに気にして見ていたのだが高校の修学旅行で通った時は
もうその姿は永遠に消えていた。

DD50茶色


国鉄ディーゼル黎明期の機関車であるDD50型。
ディーゼル機関をそのまま動力に使うのではなく発電機を回して電気を
作り車軸のモーターを駆動させるいわゆる電気式ディーゼル機関車。
現在でこそ世界的に主流になった方式だけど半世紀以上前の日本では
まだまだ実用充分な機関とは言えなかったが改良を加えながら
20年に渡って使用され後のDF50やDF200の機関車の礎となった。


で、16番の模型であるが古くはアスカ模型(廃業)、珊瑚からはキット
そして92年になって画像のカツミ製が登場するが以後の18年間は
どういうわけか、どこのメーカーからも全く製品化されていない。
殆どの機関車を製品化してる天賞堂を始め、試作機を得意とするモアや
今や高級機の代表である武蔵野ですら手をつけようとしない。

何故かと言えば恐らく売れないから

現にこのカツミ製でも発売から20年近く経っているのに今でも
在庫している店があり欲しければ新品が購入できるのだ。
元々実車が6両と少数派であり活躍場所も限られていたせいで
全国的に売れる商品じゃないとわかっているだろうから大した数は作ってない
はずだが(推定200両くらい?)その予想よりも遥かに需要が少なかった。

そして売れなかった原因のもうひとつが値段が高かった事。
カツミとしては大変な意欲作で当時の最新機構であるMPギヤの採用、
車体はフルディティールと申し分ないがその分値段が上がり1両89000円!
しかも実車は2両1組の運用が原則だから模型でも2両必要になるので
178000円という鬼値段に指をくわえる方も多かったのだろう。

天のC62だって125000円の時代である。

私も欲しかった一人だが結婚直後の時期でお金も無かったのであきらめました。
どのメーカーの、どの機関車よりも高かったので仕方がありませんでした。
その後想い続けて10数年、4年前に縁あってようやく手元に来たのです。

今回なぜこのDD50を取り上げたかといいますと東京の友人から譲って
頂いたのですが、わけあって一旦東京に戻る事になりました。
その下りは次回にて・・・・









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