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2011_01
18
(Tue)12:00

終の棲家へ

閉店

画像は我が家から20m程歩いた所にある駄菓子屋さん。
いつからあったのか定かではないが母が嫁に来た時は既に存在したらしいので
少なくても60年以上経っている事だけは確かなようだが・・・。

その店は経営者のお婆さんの名前から「T山さん」と呼ばれ子供達の社交場だった。
近所にスーパーはあったけど当時の子供達にとってスーパーとは「大人と入る店」であり
駄菓子屋だけが気軽に子供達だけで買い物が出来る聖地であったのだ。

その駄菓子屋「T山さん」が先週、ひっそりと閉店した。
もう米寿も近かろう店のお婆さんはここ数年で腰が大きく曲がり体も弱ってきたので
これ以上経営を続ける事が困難になり老人ホームへの入居が決まった為だった。

幼少の頃、母からもらえる1日10円のお小遣いを持って毎日のように店に行った。
たとえ10円でも瓶に入ったビスケットなら7枚、ストローゼリーなら5本は買えた。
お婆さんは(当時はオバサン)はそれを手製の小さな紙袋に入れて渡してくれた。

「買い物」と言う社会に生きる為の必要な手段のいろはを子供達はここで学んだ。
大きな声を出す子、順番を守らない子などはオバサンに大きな声で叱られた。
買い物以外にもルールやマナーをここで覚えて成長していった。

中学を出る頃にはここで友人達とたむろする事は無くなるけど、10数年の間をおいて
今度は自分の子供達がお小遣い片手に通うようになった。
そしてまた月日が経ち、子供達も昨年から末っ子が高校生になり駄菓子屋を卒業。
親子2代40年に渡ってお世話になっただけに閉店は残念だった。

最後の日、老人ホームへの出発を前に店の戸締りをするお婆さんを見かけた。
雨戸まで閉め終えて迎えの車を待つ間、黙って店を見つめていた。
閉店を知らせる張り紙は無かったけれど雨戸の前にがっちりと掛けられた
長い閉じ棒が、この店が2度と開かないことを物語っているように感じた。
お婆さんが去って2日後には自販機の電源も落とされて最後の営業が終わった。

駄菓子屋、銭湯、土管のある原っぱといつも人々の賑わいで溢れていた場所が
ひとつひとつ静かに消えて行きその跡には無機質なコンクリートビルとアスファルトの
敷かれた道路が思い出の場所を踏み潰していく。

誰が望んだわけじゃない、時代だよ。


そんな声がどこからか聞こえるような気がする。


自分にとっての最後の昭和が終わった。




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