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2011_01
10
(Mon)11:26

最後の花道

EF58 3両

国鉄EF58型電気機関車と言えば旧型機らしからぬスリムでスマートな車体。
そして形態と塗装のバラエティも多く実物ファンにも模型ファンにも人気のカマだ。
特に模型ファンならばどのゲージに限らず何両も持っている人も多いし私もその一人だ。

16番を再開して20年余りになるがこの間にも何両ものEF58を買ったりもらったり
あるいは売ったりあげたりで出入りを繰り返しているが現在手元にあるのは画像の3両。
左からご存知KATOのプラ製品(やや改造してます。)、ブラスは天賞堂の ’84年
モデルの上越型、最後に同じく天賞堂の ’09モデルのダイキャスト製カンタムだ。

これ以外にも様々なメーカーから製品化されているが画像にもある天賞堂にとっては
C62蒸機と並んでメーカーの看板モデルでもあり’70年代から改良、再生産を
続けると同時にあらゆるタイプのEF58をラインナップに揃えている。


5860

画像は今回、友人から我が家に転籍してきた ’84年モデルのEF5860号機。
EF58の特定番号機というとお召し機でもある61号機が有名で製品も多いのだが
これはその予備機である60号機で近年では高級モデルもあるがどちらかというと
それまでの模型界では影の薄かったことが多い。

実車の経歴でも当初は61号機と同時期に同仕様で製造され61号機の予備として
何度かお召し列車の任に就いたが昭和40年頃に浜松構内における衝突事故を起こして
台枠を破損、以後「縁起が良くない」としてお召し指定を解除され一般車と同扱いにされる。

それから10数年間は荷物列車などの一般運用に使用され、前面の優美な大型窓も
浜松区標準のHゴム小型化の屈辱を受けたがお召し機の証でもある茶色の塗装、側面の
ステンレス帯、そして数々の特殊装備を残していたこともあって復活の日を迎える。
昭和54年の愛知県植樹祭のお召し列車で再び61号機の予備指定を受けたのだ。

通常予備機指定されても機関区で待機だけという場合が多いのだが単線の往復という
線路設備の事情で回送だけながら61号機とペアでお召し客車を牽引して走行したのだ。
2台が同時に走ると言うのはお召し列車史上でも非常に稀な事で他に例を知らない。

今でもその優美な姿を記憶している。

ちょうどこの頃、通学で駅を利用していた私はある日の帰路で豊橋駅に着いた時に
2つ隣の4番線ホームでED62に牽かれて飯田線入りする陛下を見送ったのだ。
そして列車が去った後、その遥か向こうにピカピカに磨かれた60号機が見えた。
いつもは元お召し機とは思えない薄汚れた姿で地味な仕事をこなしているのだが
この日の60号機はプライドを取り戻したかのように眩しかった。

しかし、この晴の日からわずか数年後に用途廃止となり、あっという間に解体。
この時期、国鉄再建期でもあり予備機なんぞ保存する必要なしと判断されたのだろう。
本務機である61号機がその後25年以上活躍し廃車(車籍上は保留)になった後も
大事に保管されているのを見ると残念でならない。

国鉄史上最初で最後の当初からお召し機として製造された60号機と61号機の2両。
違いは機体番号だけだったが、その僅か1番違いが両車の運命を大きく分けた。
人間で言えば最後まで弟を立てた兄貴ってところだろうか・・・。

この春にJR東海リニア館がオープンする。
EF58も長年保存機として残してきた157号機が収納され展示機となるが
もし60号機が残っていたらと思うと複雑な気持ちである。



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