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2010_04
19
(Mon)16:59

花月園運転会 2010 春の部   ~プロローグ~

東名

画像は先週16日の東名高速道路上り線由比PA付近。
本来ならトンネルを抜けた直後に目の前に富士山と駿河湾の美しい姿があるはずなのだが。
残念ながら前回に引き続き悪天候で素晴らしい景色は見られなかった。
そう、花月園運転会開催のために伊豆に向かっているのである。
ちなみに4月と言うのにこの時の外気温わずか6℃と真冬並みなのだ。

いつもならこのまま海岸線を通過し富士ICまで高速に乗るのだが
今回は時間的に余裕があったので寄り道をすることに決めた。
そこに居ると知っていつか逢いに行こうと思って早10年以上・・
ようやく決心が付いて焼津ICで一旦降りる事にする。

C5096

場所はJR焼津駅すぐ脇の公園。
ここに保存されている蒸気機関車C5096号機に逢いに来たのだ。
このC5096と言う機関車は私にとって他のどの機関車よりも特別なカマだ。
今から約40年前の昭和46年頃まで地元の豊橋機関区に配属されていたそのもので
私の鉄道趣味の原点とも言える存在であり生涯で唯一、現役時代を見る事の出来た
蒸気機関車なのです。(最終配置がこの96号機と僚機の95号機でした。)

小学校低学年の頃、盆と正月だけ母の実家のある湖西市鷲津(当時は浜名郡鷲津町)に
行く為に東海道本線に乗るのだが、駅のホームで電車を待っているとこのC5096が
隣のホームとの間で貨物列車の入換作業をしているのを飽きずに見ていたものだった。
この時の刷り込みが後に鉄道少年になる理由だったと今でも思う。

実は当初、焼津駅周辺は道が狭くなかなか線路脇の公園に辿り着く事が出来なかったが
10数分ウロウロした挙句、ようやく木立の向こうに黒い彼を発見!!
どうにか車を停めれる場所を見つけ40年ぶりの想いを抱えて彼の元に走った。

「おぉー!」と叫びたい衝動と頬ずりしたい感動に襲われたが
周囲が住宅地なのと、この機関車の脇が近所の人の通り道になっているみたいなので
47歳になったばかりのオジサンはあきらめることにした。^^;
雨が降り続いているので約40年ぶりの再会は10分足らずの時間と1枚の写真で終わった。

マイクロキャスト製C50
画像は所有するマイクロキャスト製C50

このC50と言う機関車は実際には実に地味な一生を送った。
昭和47年に国鉄蒸気機関車を保存しようと京都の梅小路機関区に全国から
集められた機関車が集結したがその時にリストにすら載らなかったほどなのだ。

生まれは昭和初期、それまで輸入機に頼っていた国鉄(当時は鉄道省)もようやく
安定した性能の機関車を作れるようになってきたが更なる近代化を図ろうと
あれこれと新しい発想や装備を満載して製造されたのがこのC50でこれまで
数字だけだった機関車形式に初めてアルファベットを使用した1号なのである。

しかしその装備が使い勝手が悪く現場に嫌われるし、前輪が脱線しやすいというクセを
持っていた為に営業列車には殆ど使われず大半が入換専用機となり駅の構内で
細々と働いていたので鉄道愛好者にも縁が薄く記録写真もあまり残っていない。

実機がどんな境遇であろうと私にとっては幼き頃に憧れた大切な機関車だ。
不幸中の幸いだったのはこんな地味な機関車でも保存してくれる自治体や
保存会があることで40年近く経った今でもその姿を見る事ができるのだ。
1台も保存されず2度と見る事のできない仲間も多くいる中でだ。
彼が21世紀まで残ったのは偶然に過ぎないかも知れない。
だからその偶然と保存に尽力された方々に感謝したい。

「・・・・・・・・・」

今度行く時は彼の傍らでおにぎりでも頬張りながら
ゆっくり昔の事を思い出してみようと思う。



次回から花月園運転会本編に入ります。


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C.O.M.M.E.N.T

うっそだろー

このとき僕は東北を目指していた。黒磯から先は、吹雪だった! 4月も半ばなのに!

2010/04/19 (Mon) 21:32 | 工房5丁目 #- | URL | 編集 | 返信

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