--_--
--
(--)--:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008_06
18
(Wed)22:53

あれから23年

昭和61年1月3日の事と記憶している。

場所は北陸本線金沢駅。
これから上野に向かう夜行列車に乗る為に凍てつくホームにいた。
その時僕は1人ではなかった。隣には女性がいた。

実は前年の12月30日に年末年始はどう過ごそうか考えていて
突然 「雪の中で正月を迎えたい」 という衝動に推され列車に乗った。
例年なら同世代の友人達とレジャー施設などでワイワイ騒ぎながら
迎えていた正月だったが笑顔とは裏腹に少し飽きてきてたのかも知れない。
かっこよく言えば俺の事を誰も知らない場所に行きたかったのだ。

名古屋駅まで来て表口改札の前に立ち、上を見上げて列車を探した。
実は家を出てから既に2時間、まだ行き先を決めてなかったのだ。
目に留まったのが 「富山方面 特急しらさぎ」 の文字。

ようやくこの時点で行き先を金沢に決めすぐに切符を買って乗り込んだ。
確か午前10時くらいの発車だったと思う。 この時代の「しらさぎ」は
日に何往復も運転されていて今では何号に乗ったのか憶えてない。
ちなみに長年鉄道趣味をしてるが分野としては模型専門で「乗り鉄」には
あまり興味が無かった。 在来線の特急電車に乗るのはこれが始めての22歳の冬。

2時間ほどで列車は金沢に着いた。
期待通りに雪景色の美しい街並みに降り立ったのだ。
当日は歩けないほどの豪雪でもなく街の交通機関は動いていたので
武家屋敷や兼六園を巡り、歳末の独り旅を楽しんだ。

夕方に近くなったので宿を探す事にする。
当時私はYH(ユースホステル)を使って長期休暇のたびに全国を回ってたので
まずはYHを探すと卯辰山というところに1件あることがわかり電話すると
空いているとのことで予約、日没近くにタクシーで向かったのだった。
ここで思いがけない出会いをする事になる。

すっかり冷えた体を浴槽で暖めて食堂に向かうとこの日の宿泊者が
全員そろって食事の開始を待っていた。
YHは場所によっていろいろなルールや催し物があるがここでは
出来るだけ夕食は一緒にとるのが慣わしのようである。

ペアレント(YHの経営者のこと)さんの簡単な挨拶の後、食事が始まったが
自分の席の向かい右斜め3人目にどうも見覚えのある女性がいるのに気づいた。
それがどこで会った誰なのかなかなか思い出せず食事の味なんかわかりゃしない。
19歳から本格的に旅を始めて既に何百人と同じような旅人に会ってるからだ。

食事が終わって自由時間になるとその女性が話しかけてきた。
「私のこと憶えてる?」 と予想通りの言葉から始まった。
記憶とは不思議な物で彼女の声を聞いた途端に会った時の光景が蘇り
悩む表情を見せる間もなく 「憶えてます! 久しぶりですね。」と返せたのだ。

彼女は前の年の夏に北海道の積丹でやはり同じYHに泊まってたのだ。
夏の北海道は旅人も多く積丹の宿でも当日50人くらいはいたのに
しっかり憶えてるのは宿泊者同士のゲーム大会で手をつないだ相手だったことと
彼女がとてもキレイな女性だったから細胞が記憶を留めていたのだ。

翌日は彼女と二人で観光しその後東京に帰る彼女を見送る為に金沢駅まで来た。
本当に見送るつもりだったのに発車時間が近づくにつれて心が乱れていった。
もう少し彼女と居たい! ここで別れたら恐らく2度と会う機会は無いだろう。
気がついたら見送るはずの列車に乗っていた。

後悔したくなかったのだ。
話が長くなりましたが^^

その時に乗った客車がこれ。(列車名は違います。)

14系買ったよん!


今月国鉄型としてはKATOから久しぶりに発売された14系客車。
ちなみに文中の列車は客車時代の急行 「能登」 のことなんです。

私の住んでる地方は早くから電化が進み電車列車が主体で客車は
ほとんど無くて考えてみれば乗ったのは初めてじゃないかなこの時が。
おまけにブルートレインとしてもこれまでに至るも唯一、実際に乗った形式です。
ちなみに夜行列車はいろいろ乗りましたが寝台車は未だに未経験なんです。

この14系座席車、大阪万博輸送で登場した12系客車をベースに
特急型として誕生しましたが実際に定期の特急列車に使われる事は少なく
どちらかというと急行列車や臨時列車での運行が多い車両でした。
やはり背中でもたれてないと「ガタンッ」と大きな音を出して元に戻る
あの簡易リクライニングシートが評判が悪く特急料金を取る列車になれなかった
のかもしれません。

実際この私も経験しましたが夜行列車に使うには少々無理があるシートです。
後年になってシートが改善された車両もありますが時既に遅く客車特急は
寝台列車だけになっていて結局大した活躍も出来なかった薄幸の車両です。
一部が臨時観光列車専用のジョイフルトレインに改造されて好評を博しましたが
既にその改造車も老朽化と需要の激減の為、ほとんど残ってません。

それでも青春時代の確かな思い出がある車両ですから買ってしまいました。
あの時は彼女ばかり見ていたのですが自分も知らぬ間に形式名などを
しっかり記憶してるのですね・・・鉄ちゃんの性ですかね?
うぇ? その女性とはどうなったかって?


それは墓まで持っていく秘密!

 ^^v
スポンサーサイト

C.O.M.M.E.N.T

奥様とは旅で知り合ったと・・・・

この話は違うのですね・・・(^_^;)

2008/06/19 (Thu) 13:37 | とと #mQop/nM. | URL | 編集 | 返信

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。