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2007_11
23
(Fri)18:05

夢か幻か

80年代の中頃までは鉄道模型と言えば16番という時代でした。
現在のNゲージのように大中小のあらゆるメーカーが乱立しあらゆる
製品が市場を賑わしていました。

現在でも存続しているメーカーもありますがNゲージの台頭とともに
多くのメーカーが消えて行った時代でもありました。
そんな中でいつの間にか現れそして1~2作の製品を残して
あっという間に撤退してしまったメーカーもあります。
例えば以前にも書いたアスカのDD50なんかもそうでしたね。

ED19の並び


画像は飯田線北部で貨物運用をしていたED19(旧ED53)
左は以前ここにも書いた中村精密製で右は今回入手した燕堂製。
中村精密は名をナカセイと変え、現在でもかろうじて存続してますが
旧製品の在庫を売るだけで消滅寸前の死に体状態で燕堂は
現在は影も形もなくこのED19と改造前のED53そして
数種類の機関車パーツを販売しただけです。

この2台の模型を並べてみると非常に良く似ている事がわかります。
「同じ形式を模型化したんだから当たり前だろ?」
と思われる方がいるかも知れませんが模型と言うのは必ずしも
縮尺どおりではなく各社の解釈や事情によって形が違ってきます。
例えば後年P社から同形式が製品化されましたが車体長はもちろん
動輪のホイールベースまで先の2社と全く異なっています。

実はこの燕堂製品は中村製をリファインしたもの。
とは言っても車体のエッチングは異なるので新たに起こしているし
台車枠もロスト化されてますのでパッと見には解りませんが
裏返してみるとギヤカバーの形状がやや違うくらいで後は一緒!
モーターこそオリジナルのDVから缶に変更されてますが
インサイドギヤのままです。

コレが何を表しているかというとメーカーは異なりながらも
作っているところは一緒というのがこの時代はよくあったのです。
燕堂ED19でもメーカーは決して中村の焼き直しとは言ってません。
たまたま事情を知ってた人か私のように2社の製品を同時に持ってて
気づいたかのいづれかでしょう。

で、この燕堂のED19は現在でも充分通用するほど秀作ですが
当時の天賞堂のF級電機より高い値段が災いしたのか形式が
マニアックすぎたのか商売にならずメーカーはとっとと撤退しました。

どうもこの手のメーカーは製品に拘る傾向は強いのですが
市場の調査をろくにやらず趣味の延長に過ぎないので長続きしない。
メーカーとして地盤を固めるならまず誰にでも受けるものから
始めないと定着すら難しいのは昔から解っているはずなんですが
なぜか同じ轍を踏んでいくメーカーが後を絶ちません。

近年も大手メーカーがこの16番市場に参入を図って失敗しました。
優れた技術がありながら他社に遠慮したような形式の選定と
詰めの甘い品質だったため市場は容赦しませんでした。

つまり・・・

利益の皮算用と趣味の延長だけでは

商売は成立しない。


と当たり前のことが何故わからないのでしょう?


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