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2015_09
27
(Sun)20:11

北への男旅 16日目 第3話

苫小牧東港夜

苫小牧東港に着いたのは午後6時半。
出港は午後11時半なので積み込み開始まで4時間以上あるけど
暗くなって走るのは危険だし特に周囲に何も無い場所なので
おとなしく待つことにしました。




フェリー ベッド


出港1時間前になってようやく今日のベッドまで辿り着きました。
かつてはあった2等雑魚寝部屋も新造船になって徐々に姿を
消して現在ではほとんど個人スペースが取れるように・・

その分、料金はあがりましたけど ^^;

これも時代の流れですかね?


プライバシーが守れるのは良いことなんだけど、いきなり見知らぬ
人と隣り合わせに夜を過ごす2等雑魚寝部屋も味がありました。
若いころ、隣にたまたま女性ライダーが来て意気投合し
あまりに狭いので1枚の毛布を二人で掛けて過ごしたなんて
ちょっと甘い思い出もあったりします。^^



さて間もなく船は出港!
深夜発なのでもう寝るだけ・・・風呂入りたいけど激混みなので
明日になってから入ることにして酒飲んでとっとと就寝。

どうせ明日はほぼ1日中、海の上です。
風呂なんぞ何度でも入れるので今日は我慢。



17日目につづく


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2015_09
21
(Mon)10:43

北への男旅 16日目 第2話

西港

苫小牧西港に到着したのは午後3時半。
今回の旅で最初に上陸した場所に15日ぶりに戻って参りました。
でも実は帰りの船は海運会社が行きと異なるのでここではなく
30kmほど離れた東港なんです。

ここに来たのは今日の旧友との再会でこちらのが市街地に
近く待ち合わせに便利だからという理由なんです。
※後でわかったことですが東港の周囲には店一軒ありません。



到着を連絡して30分ほどで彼女が現れました。
この彼女、N子さんと言って私の最も古い旅仲間の一人。
最初の出会いは私22歳、彼女18歳のなんと30年前に遡る。

場所は午前中に見てきた積丹半島にあるYHでして当時彼女は
ここでヘルパーをしていて私は北海道を初めて訪れた客でした。
その時は1泊しかしなかったので玄関前で一緒に集合写真を
取っただけでしたが、その年の秋に東京のイベントで再会して
現在まで続くお付き合いが始まりました。

そして24歳の時、私は会社を辞めて再び北海道を訪れた時に
最初に迎えてくれたのも彼女だったのです。
元々苫小牧生まれで到着するフェリーターミナルから一番近い
というのが最初に会った理由なんですけど、今回はスケジュール
の都合で旅の最終日の再会となったのです。

彼女ともお互い写真入りの年賀状を交換してたのですが
実際に会うのはその24歳の時以来ですから実に28年ぶりです。
変わらない笑顔で私の元へ駆け寄ってくる彼女を発見した時は
思わず抱きしめたくなるくらい愛しかった。^^

美人は歳重ねてもやっぱり美人!

ターミナルにバイクを置いて彼女のクルマに乗りこみ市街の
喫茶店へ移動してそこで約2時間のおしゃべりを楽しみました。
明るく懐っこい彼女は昔と全く変わらず時が経ったのは嘘の様。

最後に再びターミナルに送ってもらってそこでお別れです。
「船の中でどうぞ」と苫小牧焼酎とお菓子を差し入れ頂き感激。
がっつりと固い握手をして彼女のクルマを見送りました。

これで全ての目的を果たしたぞ。

もう悔いはありません。
後は帰るだけと自分の乗船する東港に向けて走り出します。
東港に着くまでの1時間、頭の中は真っ白で何も考えずただ
終わりを迎える覚悟の準備をしていました。


今夜船の中で何を思う俺?


16日目 第3話につづく




2015_09
20
(Sun)07:32

北への男旅 16日目 第1話



男旅16日目。

長かった旅もいよいよ道内最終日となりました。
本日のルートは積丹半島を周って小樽を経由し苫小牧まで。
距離にして260kmですが全て一般道だし都市経由なので
7時間ほどを見込んでいます。


日本海1

しばらく天気が悪かった道内ですが、この日は久しぶりに快晴。
雲に追われてセカセカ走ってたここ数日と違って気分ものんびり。
気持ちに余裕があればこんな風にちょっと気になったところも
すぐにバイクを停めて景色を眺めます。



神威岬

積丹半島にある神威岬です。
近年までこの半島は周回できる道路が無くて、この神威側に
行くには小樽方面の余市 (ニッカウイスキーで有名)から
往復するしかありませんでした。

長年の地元民の願いが叶って平成になってトンネルが開通し
交通の便が良くなったのでこれで観光客も増えるだろうと
喜んだのも現実はそんなに甘くなかったのです。

確かに交通量も観光客も増えたのですが、これまで行き止まり
だったから岬周辺の宿は賑わっていたのにトンネルのおかげで
単なる通過点になってしまい返って宿泊客が減少しました。

神威トンネルの開通に合わせて海岸側のこれまでのトンネルも
大型観光バスを通過させるために新ルートに切り替えられ
これまで町のメインルートだったところも客足がバッタリの惨状。

つまり地元民にとって踏んだり蹴ったり



積丹YH

画像中央に見えるのが30年前に初めてハマった積丹YH。
今回は泊まりませんが気になったので見に行ってみると周囲の
様子は一変しており、しばし呆気にとられました。

かつてはメイン道路だった道も山側の新ルートに変わり、港の
場所も移動してしまったので昔日の賑わいは全くありません。
以前はこんな辺鄙な場所にあるYHでもこの時期は50人以上の
宿泊客であふれていたのですが・・・・・。

利便の為と銘打って結局は

土建屋が儲かっただけの開発


やっぱり秘境は秘境のままじゃなきゃダメなんですね。




この後、小樽市内を観光に寄ろうかと思いましたが着いてみると
どこも予想以上の人出で、とてもバイクを停めるどころじゃない。
お土産屋さんも一杯で買い物する気にならんし、食事処も
どこも満員で昼食を取る気にもならない。

仕方ないですがそのまま通過して苫小牧に向かいます。
最終日の今日も旧友との再会の約束があるのです。
お昼すぎてまたもや空が怪しくなってきました。


16日目 第2話につづく


2015_09
19
(Sat)08:05

北への男旅 15日目 第1話

カントリー朝食

男旅15日目の朝になりました。
相変わらずどんよりした空ですがよく眠れてスッキリ!
一番乗りで朝食を頂いたあと、すぐに出発します。




本日のルートは昨日来た道央道を長万部まで戻り
そこから一般道で羊蹄山のあるニセコ方面に向かいます。
日本海側に出て大周りで行こうかとも考えましたが
今日も再会の約束があるので遅れるわけには行きません。

そして最大の懸念はただでさえここ数日天気が不安定なのに
さらに予測が付きにくい内陸高地に向かうのですから。
雨予報の時は通常より更に時間に余裕を持たさねばね。

午後二時過ぎに本日の宿泊地ニセコ町を一旦通り過ぎて
旧友の住む倶知安町に到着して、やや遅い昼食の後に
無事に旧友宅に到着しました。

出迎えてくれた彼女は私が礼文でヘルパーしている時に
友人と3人で島に来ていきなりハマり、後の予定をすべて
キャンセルして20日間も島に滞在し、その後の人生も
大きく変わってしまった言わば私と同病人.(w

私の周囲にはこんな人多い!^^

その後何度も島を訪れヘルパーも経験し島仲間と結婚し
挙句の果てには北海道に移住までしてしまった強者です。
’91年の私の結婚の時に二次会の幹事もしてくれました。

それ以降、今日まで24年間会う機会がなかったのですが
散々お世話になった方ですので、今回の渡道でどうしても
お会いしたかった一人です。

彼女のスケジュールの都合で1時間ほどしか時間が
取れなかったのですが久しぶりの再会に悔いの残らない
ように機関銃のように会話して彼女の自宅を後にしました。

さすがにここ数日よく泣いた為か
今回のお別れ時には泣けなかったな。
まあ彼女の家族もいたからね。



比羅夫

宿に向かう途中に気になっていた場所があるので
寄ることにして山道をクネクネ走るとそれはありました。
ここは函館本線の 「比羅夫(ひらふ)」 と言う駅なんですが
実は鉄道マニアにはあることでとても有名な場所。

この駅は駅舎がそのまま民宿になってて泊まることが
出来るうえ、雪のないシーズンにはホームでバーベキュー
までしてしまう恐らく日本で唯一の鉄道駅なんです。

テレビで報道されていたので随分昔から知っていたの
ですが現地に来たのはこれが初めてなんですけど
時間が悪かったのか周囲に人の気配が無くて
中に入ってみることは出来ませんでした。



ブラックダイヤモンド

本日の宿は羊蹄山ふもとの 「ブラックダイヤモンドロッジ」。
名前の通り、本来は登山客やスキー客用の宿です。
他に空いてなかったのが選んだ理由なんですが来てみると
なかなか良い雰囲気の所でした。

明日の深夜には船に乗るので最後の宿になります。
コンビニで買い込んだ食料と酒でポツリと過ごす夜・・・・。
過去の長旅では無かった事ですが今回初めて思ったのは

「もう帰りたくなったな」と感じたこと

いつもなら帰りたくない、旅を続けたいでしたけどね。

かあちゃん恋しくなったのかな。(^^)



16日目につづく







2015_09
16
(Wed)05:28

北への男旅 14日目 第2話

倉庫街1

宿から歩いて15分ほどの函館倉庫街に来ました。
特に目的があるわけじゃなく夕食には少し早い時間だった
ので周囲をぶらぶらしたりお土産物探したりで小一時間。
なぜかここはカップル率が高くてオジサン一人じゃ浮いている。

デートスポットに一人で来るもんじゃないな。
うっらやましいけど顔に出さないのがオトナ。




CB72

60年代の名車ホンダCL72スクランブラー(だっけ?)を発見!
レトロな雰囲気が倉庫街によく似合っているのでパチリ。^^
演出にお店の人が置いてあるのかと思いましたが
ナンバーがちゃんとついた現役車でした。


すし

適当に選んだお寿司屋さんに入って夕食にします。
場所柄、回転寿司でもネタは同じだろうけど雰囲気も大事。
とか言いながらカウンターで盛り合わせを頼んじゃいました。

15貫で2980円だから値段は回転よりちょっと高いくらい。
これに函館地ビールを2杯付けて約4000円でした。
旅も終盤なのでもう少し贅沢してもよかったかな?

宿までは1kmちょっとなんですがお酒も飲んだし
中腹までは急坂なのでこの旅初めてのタクシー乗車。
コンビニ寄ってもらって酒買い込んで帰りました。


夜景

宿に戻って一番風呂に入り、ここからがゴールデンタイム!
部屋には夜景が望めるテラスが一部屋ごとにあり、ここで
街灯りを見ながら晩酌開始!・・・と行きたかったのですが

なんと先ほどまで晴れて暑かったのに暗くなってから
空がガスってしまい、せっかくの展望もイマイチ・・・・
仕方ないのでテレビ見ながら飲みました。

家にいるのと変わらんじゃん!^^;


さて明日は再び北上してニセコを目指します。
次なる再会が私を待っているのです。



15日目 第1話につづく


2015_09
15
(Tue)09:57

北への男旅 14日目 第1話

あんぷらぐ出発

14日目の朝が来ました。
出発前に宿泊客全員と女将さんで記念写真を撮りました。
一夜の友に別れを告げ、この後それぞれの旅路に向かいます。



お別れ2
※ Y氏が撮影していた交差点での別れの1場面 (画像お借りしました)
   Y氏は道東方面へ私は南に下ります。



昨夜遅くまで今日のルートを決めかねていました。
結局どちらに向かっても雨の可能性が高いのでそれならばと
当初予定になかった函館に向かうことにしたのです。

本当なら小樽・積丹・ニセコをのんびり周るつもりでしたが
高速道路も函館手前まで延びてるし道南の方がいくらか
雨天の可能性が低いだろうとの予測から決めました。





函館までは340kmと道内での最長距離ですが
どこにも寄らずほとんど高速道路(専用道路含)なので
食事休憩入れても6時間くらいかな?



カントリーボーン

途中何度か小雨に見舞われましたが午後3時に函館到着。
今夜の宿は函館山中腹にある 「カントリーボーン」 さん。
私としては珍しくペンション利用なんですが部屋から夜景が
見えるというのに魅かれて携帯サイトから予約しました。

この宿はなぜかは知らないけれどアーティストと呼ばれる
方々に大変人気があるらしく館内にはあちこちサイン色紙が。
ここも開業40年以上で造りは古いのですが結構オシャレ。

さて予約が遅かったのか夕食プランは満席だったので
夕食がてら函館の港町散策に歩いて出かけました。
バイクでは感じないが歩くと中年オヤジひとりは寂しく
感じてしまいます。(笑)

こういう時は大抵一人で来ている女性を誘うのですが
この日は私以外はカップル・夫婦・グループばかり。
ライダーも私だけなので仕方なく一人で街へ・・・


14日目 第2話につづく





2015_09
14
(Mon)09:11

北への男旅 13日目 第2話

あんぷらぐ

この旅初めて大粒の雨に降られて(5分くらいだけど)到着。
13日目今夜の宿は札幌市の北、当別町にある 「あんぷらぐ」。
ご夫婦2人だけで経営している定員7名と道内の民宿では
もっとも小さいと思われます。

ここに宿泊を決めたのは実は待ち合わせた友人でして
昨夜のうちにメールで連絡取りあって予約してもらいました。
その友人とは昨秋に8年ぶりに会って山梨でキャンプしたY氏。

その時の記事ですクリックしてね。

山の中のキャンプ場で彼も翌年に北海道を目指していることを
知り、「来年、北海道でまた会えたらいいね」と話してました。
当時は互いの日程など未定だったので夢半分の話でしたが
出発寸前になって実現できそうな事が判ったのです。

本当はキャンプ場で再会の予定だったのですが、ここ数日は
天候がよろしくなく、この日も確率70%雨予報だったので
昨夜になって急遽宿に泊まることに決めたのです。


札幌温泉

宿到着後、30分くらいでY氏も無事に到着し再会。
早めのチェックインだったので夕食前にオーナーのクルマで
もう一人の同宿者と3人、温泉に連れて行ってもらいました。

それがここ「開拓ふくろふ乃湯」。
札幌市内からあまり遠くないとはいえガイドブックなどでも
ほとんど見かけない秘湯でして、当日も私達以外旅行者
らしき人は居ませんでした。

1時間ほどの入浴を終えた後、宿に戻り夕食。
この日の宿泊客は私とY氏、鉄道で来ている男女がそれぞれ
1名と全員が一人旅で仲良く食卓を囲み話が弾みました。

道中で話し相手のいない一人旅では宿での団欒は何よりの
清涼剤でして、お互いそれがよくわかってる同志だから
自然と誰からともなく会話が始まり、オーナー夫妻も加わって
それぞれの想いを話しながら旅の夜は更けていきます。


14日目につづく


2015_09
10
(Thu)20:50

北への男旅 13日目

天塩弥生駅

※ 私が訪れてから約一か月後の建築状況です。
   古ぼけて見えるのは、わざとそう見える仕上げをしています。
   一部に実際に駅舎で使われてた部分もあります。
   民宿の名前は現役時代の 「天塩弥生駅」 とそのまま。

  

13日目の朝が来ました。
久しぶりの再会の後は再び別れが待ってます。
気持ちに区切りをつけるため、前夜のうちに支度を済ませ
早朝7時には出発することにしました。

話したいことが終わったわけじゃないし、ゆっくりしたいけど
まだこの先の約束もありますので歩みを進めなければ
なりません。

固い握手とハグを交わしてまたの再会を誓います。
もう涙目になってる彼の顔は目を合わせられません。
後ろ髪引かれる想いを振り切りアクセルを開けました。

いつまでも手を振る彼に振り返って手を振って答えます。
アクセルは緩めず引き返したい気持ちを必死で抑えます。
楽しかったひと時は終わりました。

彼の姿が見えなくなった途端、抑えていたものが
溢れだしヘルメットの中で号泣しました。
周りに何もないので聞かれる心配も無く思うがまま
言葉になってない雄たけびを山間に浴びせました。

19の時から一人旅を始めてこれまでに何百回と
経験してきた出会いと別れ・・・・・
決して慣れないし辛いけどこれが旅人の宿命。

旅を続ける限り逃れられない

でも泣き終わった後に幸せを感じるんですね。
だからやめられない。



さて今日も相変わらず泣き出しそうな空。
札幌の民宿で関東から上がってくる友人との待ち合わせ。
朝早かったので時間はあるのですが午後になれば
更に降水確率が上がるので道内入って初めての
高速道路も使って札幌を目指します。


大通り公園

昼少し前には札幌市内に入るととりあえず大通り公園へ。
ここで噴水の前で涼を取りながらトウモロコシを食べ
芝生で昼寝をと思っていたのですが思いの他・・・・

人がわんさかいるので

とてもじゃないが落ち着いて休憩できそうもないし
バイク停める場所も見当たらなかったのでテレビ塔を
写真にとってそそくさと退散しました。



元ライダーハウス

その後札幌市電を撮影していたのですが天気が怪しい・・でも
宿に向かう前にどうしてももう一か所行きたい場所がありました。
28年前の記憶を辿りながらようやく探し当てたのがここ。

はい、一見ただの民家ですが場所は間違いありません。
実は当時この場所には札幌で2件しかなかったうちの1件の
ライダーハウスがあったのです。

※ ライダーハウスとは名の通りライダー向けの簡易宿で
   基本的に屋根と畳(場所によってはカーペット)を提供する
   のみで、その代りキャンプ場並の料金で利用できます。


ライダーハウス

当時の結一残る写真です。(私は前列の左端)

28年前、最初の日本一周で札幌に辿り着いた時には資金が
底を付いてしまい仕方なく札幌駅前でうろうろしていた時に
二条市場でお土産物屋を営む社長さんに声を掛けられました。

「ライダーハウスやってるから手伝わないか?」

そうですこの社長さん、本業はお土産物屋ですが自宅の旧家
を改造して札幌郊外でライダーハウスを経営していたのです。
宿のヘルパーなんて未経験だったのですが背に腹は変えれず
ここで半月程バイトをすることになったのです。

仕事と言えば札幌駅前で宿を探してるライダーを引っ張り込む
ことと、客になってくれたライダーさんを夕方に近くの銭湯に
送迎することと、連泊される方に昼食を作ってあげることなど。

ほとんど一人でこなすので大変だったけど当時のマックの
時給よりは良いアルバイト料をくれました。
この経験が後のYHでのヘルパーで役にも立ちましたし。

そして何よりもここで知り合った人が大きな財産にもなり
28年経った今でも連絡を取っている方が何人もいます。

今回、当時お世話になった社長さんにお礼を言うべく訪ねた
のですが跡地に建ってる民家も表札が違っており社長さん
一家は今この場所に居ないようでした。

会えなかったのは残念ですが探す時間はありません。
そろそろ今夜の宿に向かわなければ雨に降られそうなので
悔いが残るままこの場を後にしました。


13日目 第2話につづく


2015_09
08
(Tue)07:09

北への男旅 12日目 第2話

名寄友人1
※ほとんど写真撮らなかったためご本人のFBより拝借^^
  ちなみにこれは実際には到着時ではなく翌朝の出発時のもの


午後4時過ぎ名寄市郊外の友人宅に到着しました。
彼も礼文島時代に共に夜を過ごした仲間の一人で会うのは実に
26年ぶりなんですが、ここ1~2年はFBで互いの近況を交わして
いたので久しぶりに会うという気があまりしません。^^

何よりも彼と私は共通点が多くネット上でも話題に事欠かない。
まず学年が一緒そしてバイク歴があり鉄ちゃんでもある。
さらに自分の子供の名前を礼文島から命名してるところまで。
(もちろんこれは全くの偶然です)



天塩弥生駅

そしてこれは彼が自宅横に建築中の駅舎。
実はこの場所は20年前に廃線となったJR深名線の跡地です。
以前に駅舎があった場所に新たに復活させているのです。
とは言っても実際に列車が復活するわけでなくて駅舎に
模してある民宿として来春開業を予定しているのです。

鉄ちゃんでもあり、かつては東京で車掌をしていたこともある
元鉄道マンの彼ですから随所にこだわりがあります。
例えば画像右奥にある 「ハエタタキ」 と呼ばれる鉄道沿線
専用の電柱もかつての池北線(後のふるさと銀河線)で使われて
いた本物で道路わきに放置されていたのを執念で所有者を
探しだし交渉して入手したとか。

予算が許すなら本物の線路も敷きたいし実車も置きたい。
古き良き時代の鉄道風景を駅丸ごと再現したいという彼の夢。
ちいさな机でちまちま模型をいじってる私とはスケールが違う。



BBQします。

この夜は彼のご近所さん交えてのBBQをごちそうになりました。
話は旅人時代の思い出話から、この26年間の出来事まで
尽きることはありません。



鹿肉のBBQ美味かった!!



13日目につづく


2015_09
08
(Tue)05:41

北への男旅 12日目 第1話



男旅も後半になりました12日目。
本日のルートは名寄に住む旧友を尋ねるため朱鞠内経由で
のんびりと走る140kmと走行距離少な目。

羽幌の宿で昨夜の同部屋のライダーを見送ってから準備して
走り出したのは午前10時近くになってました。


そばのはな

朱鞠内湖を一周する道路に入ると周囲は蕎麦畑。
ここ歌志内から名寄周辺までは日本一の生産量を誇る
蕎麦畑があちらこちらに見えます。




通行止め

ありゃあ?

なんと周回道路に入ってから5分もしないうちに通行止。
後でわかったのですがこの先は何年も前からこの状態らしい。
だけど情報が止まってるらしくナビには何も規制表示が
出ませんでした。

特にこの先、生活に必要なものがある道路ではなく
迂回する道路もあるとは言え看板の1枚も無くここまで
来なければ通行止めがわからんなんて・・・・

まあ見落としたのか知れんけど


けつね

仕方なく元の道に戻って走っていると出てきましたよ。

北海道名物 野生のけつね!

さすがに野生らしく非常にキツイ顔していますね。
誰がこれ、カワイイなんて言ったんでしょう? ^^

ちなみに北海道滞在中、道路で見た野生動物は
キツネが3回、鹿が1回と今回は少なめでした。
この付近で熊の目撃もあったと後日に聞きましたが。


ひまわり
※クリックして大きな画像で見てください。

名寄市内に向かって走ってると道路脇に「ひまわり畑」の
幟を見つけたのでちょっと入って行ってみました。
カーブの途中に幟だけの入口があるせいなのか、気が付かず
素通りしてしまうのでしょうか? 誰一人といませんでした。

また国道を外れてここまで来るのに距離は無いのですが
この道は普通乗用車や重量級のバイクでは入るのを
ためらってしまうほどの悪路なのも理由かも知れません。


偶然見つけたので何か得した気分です。^^



N名寄道の駅

時間があるので道の駅で休憩です。
この道の駅は検索したらコインランドリーがあると知ったので
ここで溜まった洗濯物を洗うことにします。

地元の人が郊外の道の駅に洗濯しにくるとは思えないので
やはりキャンパーや旅人向けに設置されているものらしい。
道外ではあまり見かけませんよね?


さあ今夜も26年ぶりに友人と再会です。


12日目 第2話につづく




2015_09
07
(Mon)03:10

北への男旅 11日目 第2話



稚内港に到着したのは午前10時半過ぎ。
本日のルートはオロロンラインを下って羽幌までの190km。
天気は相変わらずの曇天、空を見上げると進行方向に向かって
更に雲が厚くなっているので不安です。



オトンルイ

オトンルイの風車群に着きました。
発電用風車は毎日行ってる勤務先の周囲にもたくさんあり
見慣れたもので珍しくないですが、周囲に何もなく一直線状に
28基もの風車が並ぶさまは圧巻でございます。




羽幌Ⅱ

道内には数多くのモニュメントやら像があり名所になってる
所が多いのですが、ここはあまり知られてないのか撮影中にも
数多くのバイクが素通りしていきました。^^;

トイレも自販機も無い空き地だからかな?

このオロロンラインは晴れてれば景勝地ですが相変わらず
いつ泣き出してもおかしくない空なので景色が無ければ
150kmに渡って殆ど店も街も何も無い未開の地。

携帯電波があるのが不思議なくらい



吉里吉里

何とか濡れることなく本日の宿に到着。
本日の宿はドミトリー形式の民宿では老舗中の老舗。
今年で開業40周年の 「吉里吉里」 さんです。

私も初めて渡道した30年前からその名は存じて
ましたが利用するのは今回が初めてなのです。
午後3時とまだ早い時間ですが既に何台かのバイクが
到着していました。



吉里吉里部屋

今夜の寝床です。
反対側にベッドがもう2つあり3人部屋になってます。
同部屋の人は一人は昨夜も礼文で一緒だったライダーで
もう一人は今日北上してここで待ち合わせたという友人さん。
同じライダー同士だし年も近いオジサン仲間なので
すぐに打ち解けて話に花が咲きました。



吉里吉里夕食

普通、民宿と聞くと和風=和食って言うイメージが
少なからずありますが北海道の旅人宿は洋食の方が
多いように感じます。

安宿だからって手を抜くことなくキッチリ料理された
地元特産の食材を中心にした場合が多く高価な宿に
行かなくても十分北海道を味わうことが出来ます。

本日も羽幌特産の甘海老(正式名忘れた)が一人
8尾も付いてフルコース並の料理に大満足です。
更にビール3杯、竹鶴のロック1杯飲んで朝はこれまた
ボリュームも品数もたっぷりの朝食が付いて約7000円。

安いと思いません? ^^

都会のビジネスホテルなら食事なしで取られる金額です。
いくら物価の安い北海道だからって食材以外のコストは
本州とさほど変わらない中、この値段は頭が下がります。

近くの温泉も入ったし楽しい話とおいしいお酒で
心地よい夜は更けていきます。


12日目 第1話につづく








2015_09
05
(Sat)07:45

北への男旅 11日目 

桃出発
※旗の模様に政治的な意図はございません。^^

桃岩荘を去る日が来ました。
香深港を朝1番に出港する船に乗るため朝食後すぐに荷造り。
私はバイク置き場までですが、歩いて港に向かう人と一緒に
ヘルパーさんと連泊者の見送りを受けます。

ここから300Mくらいは上り坂なので眼下にいつまでも
いつまでも見送る人の姿が見えるその名も 「見返り坂」。
何度も何度も振り返り、手を大きく振り返します。
もう声が届かないと解っていても見えなくなるまで彼らは
唄を唄い続けるのです。

演出なんかではありません。
私もかつて毎日見送る側にいて本気で全力で唄ってました。

いつか絶対戻ってこいよ

またきっとここで会おうぜ

忘れないでくれこの島を

忘れないでくれ俺たちを

今引き返してもいいんだぜ


本当に心からそう思って気持ちを唄にぶつけました。
顔を覚えて仲良くなったホステラー(宿泊者)と別れるのは
ヘルパーだってつらいんです。



西海岸1

バイクに跨り、徒歩の人に 「後で港で!」 言って別れ
港に向かって走り出すと突然想いがこみ上げたのか
涙が止まらなくなりました。

トンネルの入り口まで来たところで一旦バイクを停め
今度はいつ見られるかわからない西海岸の景色を
脳裏に焼き付けようとするのですが・・・

嗚咽交じりの涙で前なんか良く見えません。
どうせ周囲は誰もいないので心から吐き出すかのように
気持ちを振り切るかのように思いっきり泣いたのです。


お見送り1

ようやく区切りをつけて港に行き、手続きを済ませて
フェリーに乗りこむと、ここでも盛大なお見送りが始まります。
出港までの10分ちょっとの間、唄と踊りで別れを惜しみます。





これは3年前の映像ですが港での見送りの様子です。
映像の終盤でも聞こえますが泣いている人の声が・・・
この熱いお見送りを受けて船が動き出した途端に
涙ぐむ人が多かったですね。

私は港に着く前に一人で思いっきり泣いたので
けっこうスッキリしてましたが。(笑)



出港1

少しづつ小さくなっていく礼文島。
皆が客室に戻ったあとも一人でデッキに立ち眺めてました。
長年の想いを果たした満足感と再び別れなければいけない
現実との複雑な思いを絡め、ただ黙って島を見ていました。


旅はまだまだ続きます。


11日目 第2話につづく









2015_09
05
(Sat)04:06

北への男旅 10日目 

もも崖
※本文と違って画像は到着日のものです。

島に来て2日目になりました。
ここ桃岩荘では厳しい規律により全員が朝6時半に起床です。
消灯はイベントなどで遅らすこともありますが起床は不変。

酒は飲めないし掃除や食器洗いもあるしプライバシーなんて
ほぼ無い昭和時代のままのYHなので今時の人には敬遠
されることもありますが、でもここがいいと戻ってくる人も
たくさんいる今や日本一不思議な宿です。

前記事で周囲2km何も無いと書きましたが、それどころか
立地そのものも特殊で後ろはしょっちゅう崖崩れを起こす
100m級の岩山、前は数歩歩けばすぐ海です。

よくもまあこんなところに宿が

と感じる方も多いでしょうが元から宿だった訳ではなく
ここは明治初期に建てられたニシン番屋だったのです。
それを50年ほど前に改築・大修繕をして宿になったのです。

ニシン番屋自体はかつて北海道の沿岸に数多くありました。
残っているものもありますが殆どが観光用に整備され
見学用でして、ここのように転用されてるけど現役なんて
他には1軒もありません。

建築されて、すでに150年近く経ちますし現役で使用する
為に何度か改築され原型はやや損なわれていますが
柱や梁などの基礎は当時のまま手を加えられてません。



いろり2

これが桃岩荘のメインルーム 「いろりの間」 です。
夜のミーティングはもちろんですが、その時間以外は
宿泊者同士が歓談したり昼寝したりおやつ食ったりと
自由に過ごせます。(現在は禁煙になりました)

私は昼食終えて皆が出払って誰もいなくなったここで
大の字になって昼寝をするのが大好きでした。
聞こえるのはゴメ(海鳥)の鳴き声と波の音だけ。
人工物の音は時々宿の予約電話が鳴るくらいです。

ヒンヤリとした床板と差し込む柔らかな日差しと
心地よい風、そして自然だけの音・・・・。
ここは時間の流れ方が明らかに違うのです。

贅沢で穏やかな時間を満喫できます。




ゴロゴロしていてもいいのですが折角なので島散策。
相棒に跨り、島の先端まで走ることにしました。
小さな島なので端から端まで走っても40km弱です。



島で昼食

散策がてら先代ペアレントさんの墓参りも済ませて
港近くまで戻ってくるとちょうどお昼過ぎになりました。
昨日はウニ丼と贅沢しましたので今日はコンビニ弁当。
港の岸壁で利尻富士を見ながら頂きます。

飯食いながら明日には島を出ることにしました。
予定では3泊するつもりでしたが、これ以上いると
また抜け出せなくなってしまうかも知れないと。

1987年に初めてここに来た時はあまりの居心地の
良さにいきなり9連泊し、一か月後にはまた戻って
11連泊するという自身初の快挙?を達成したのです。

それまでの旅では同じところには2連泊以上はまず
しなかったし、その2連泊だって洗濯物が溜まってたか
天候が悪くて仕方なくの場合が殆どでしたから。

人により合う合わないはありますが私にはこれまで
経験したことのないほど波長の合う場所だったのです。
何もしなくても退屈なんて感じないし、ただそこにいる
だけで不思議と心地よい場所なんです。

早く島を出ないとまずい!

快楽を覚えている細胞が目覚める前にここを出ます。
いまならまだ振り切れるはずと心に決めて・・・。



11日目につづく


2015_09
04
(Fri)06:26

北への男旅 9日目 第4話

ベンチ

24年ぶりに帰島したその日、礼文は10日ぶりの快晴。
まるで自分を待ってくれていたかのように感じてしまいます。
番屋の前にある、このベンチに座って海を眺めるのが
どんな娯楽より贅沢で心安らぐ時間だったあの頃・・・・



ネコ岩

猫は相変わらず水平線を眺めていました。



夕日

目の前の海に夕焼けが広がります。


夕日2

久しぶりの夕日にギターマンが現れ 「夕日の儀式」 が始まります。
唄の先行をするヘルパーに合わせて、この日の同宿者が集まり
みんなで唄を唄って沈みゆく太陽を見送ります。
今日の唄はブルーハーツに吉田拓郎でした。



タコカレー

夕日前に風呂は済ませておいたので夕食を頂きます。
今日のメニューはプリプリのタコの足入りカレーです。
近年はヘルパーの人手不足もあってか丼モノが多いそうです。

大変おいしかったです。^^v


ミーティングだよ

さあ桃岩荘名物の唄って踊るミーティングが始まります。
かつては日本中の多くのYHで見られたミーティングの光景。
昔のままを貫いているのはここ桃岩荘だけになりました。

北の果ての離島、それも街から離れており周囲2kmは
人家も何も無いという桃岩荘独特の環境が世俗に毒されず
70~80年代の全盛期のままの姿を今に伝えています。

近年になって携帯電波は届くようになりましたが今も
テレビは見れませんしラジオだって置いてありません。
飲料水はありますが下水はありませんしシャワートイレ
なんて望むべくもありません。

しかしそれで何も不自由は感じないのです。
世の中の流れる情報の99%は無くても生きることに
何も支障が無いということに気が付かされます。



10日目につづく・・・・





2015_09
02
(Wed)20:40

北への男旅 9日目 第3話

桃岩荘に帰ってきた。

平成27年8月6日午後2時30分。

24年ぶりに帰ってきた桃岩荘。

この日を迎えることを何度も・・・・

何度も何度も夢に見てきた。

夢は時に夢だと気づくほどだった。

そして目が覚めるといつも僕は

絶対にいつか本当に帰るんだと

誓って生きてきた四半世紀。

僕にとって人生の大きな気転に

なった北の果てのニシン番屋。

今ここにいることが信じられない。

生きてるうちに再び帰ってこれた。

この胸の思いを伝える言葉が

何も見つからない。







9日目 第4話につづく

2015_09
02
(Wed)09:30

北への男旅 9日目 第2話

香深港1

礼文島の玄関口 「香深港」 に船体が接岸します。
パッと見は ’91年に最後に訪れた時よりやや周囲の建物が
増えているような気がしますけど・・・・?

画像の右手に緑色のホロをしたトラックが写っていますが
これが桃岩荘の送迎車、その名もブルーサンダー号です。
残念ながらこれはバイクや車で島入りした人は乗れません。

送迎車なので島で足の無い人専用です。

トラックを使ってどのように人を運ぶかは大人の事情により
元関係者としてもここに詳しく書くわけには行きませんので
知りたい方は適当にググってください。^^

ここ礼文島に限らず離島ってやつは治外法権的な慣習
ってのが少なからずありまして、たとえ知ってしまっても
黙って受け入れること・・・・それが郷に入るルールです。



はなしん

元桃岩荘のヘルパーとして上陸したら最初に行く所。
ペアレント(オーナー)夫妻の拠点でもある民宿です。
桃岩荘ってのは6月から9月末までしか営業してません。
普段は通年営業であるこちらの民宿をメインにしてます。
(この民宿もかつてはYHでした。)

残念ながらオーナーは不在でしたが奥さまがいました。
「ご無沙汰してます」と挨拶するとすぐに思い出してくれて
もうこの時点で感極まって泣いてしまいそうでした。

帰って来れたんだ!この島に。

島在住の方とお話ししてここで初めて実感したのです。
オーナーも夜には桃岩荘の方に毎晩顔を出すという事で
ここでは簡単な挨拶だけして、おいとましました。



桃岩トンネル
良く見るとトンネルアーチも桃の形をしています。^^

港のある東海岸からも桃岩荘のある西海岸に行くには
峠を登りトンネルを超えるとそこから西海岸になります。
このトンネルの周囲は昨年秋の集中豪雨で崩落してしまい
当時桃岩荘に居たスタッフとお客さんが閉じ込められました。
ヘリコプターによる救出をニュースで見た方も多いのでは?

周りを見るとまだ土砂崩れの痕跡があちらこちらにあります。
左側の土色の部分、右側のコンクリで固めた部分などが
そうでして本来は草が生えていて緑色だったところです。

ちょうど私のバイクが停まっているあたりは当時完全に
埋もれてしまいまして全く通行できない状態だったそうです。
元々地盤がゆるく、これまでにも何度も崩れてますが
昨年の災害程、大規模なものは記憶にないですね。



地蔵岩

峠を下り、途中にある脇道に入ればすぐに桃岩荘ですが
ちょっと寄り道して反対側にある地蔵岩に来てみました。
画像奥にある二等辺三角形の高くそびえる岩がそうです。

私の現役時代までここの海岸はハイキングコースの一部で
地蔵岩もすぐ近くまで行けましたが度重なる事故で現在は
立ち入り禁止となってしまい、これ以上近づけません。

※吉永小百合主演の 「北のカナリアたち」 撮影では
  町の特例でこの海岸でロケしています。


撮影と言えば嫁と初めて会って初めて2ショットを撮ったのは
この地蔵岩のふもとでしたね。 二度と入れないのが残念。



うに丼

ちょっと順番が前後してしまいましたが島に到着したとき
ちょうどお昼過ぎだったので念願だったウニ丼食いました。
日本一の利尻昆布食ってるウニだからそりゃ美味い!

一時期はかなり高騰し札幌辺りの都市部で食べると
7000円以上したと聞きますがここでは3500円でした。
安くはないけどウナギの特上レベルの値段なら合格です。
ウナギと違ってどこでも食べられるものではないしね。


さて桃岩荘に向かいますか!



9日目 第3話につづく



2015_09
01
(Tue)05:23

北への男旅 9日目 第1話



男旅9日目。

朝8時、二晩お世話になった抜海の宿を出て再び北上。
礼文島に渡るため稚内のフェリーターミナルを目指します。
距離にしてわずか20kmなので30分程で稚内市内に。

フェリーの出航は午前11時とまだまだ時間があるので
少し観光しようと市街地外れにあるノシャップ岬に
向かうことにしました。



ノシャップ岬

やはりここも四半世紀前とは様変わりしてました。
以前は画像中央奥に見える 「ノシャップ岬」 と書かれた
看板が漁港沿いの道にポツンと立っているだけでしたが
駐車場が整備され謎のモニュメントまで設置されてました。

んもう最果て感、台無し!

周りに何も無かったから良かったのに

滅多に人が来なくて静かだったのに


どうも稚内の市政は金の使い方を間違えてますな。
いかに客がカネを落とすかだけ考えて本来の良さを
掻き消してしまうやり方は己のクビ絞めるだけですよ。


稚内港1

稚内のフェリーターミナルに着きました。
港全体の再開発により昔と比べて場所が東寄りに
300mくらい移動して全ての設備が一新されてます。

一番大きな違いは、かつては地上からタラップを使って
乗船(車やバイクを載せない人のみ)してましたが
空港のようなボーディングブリッジ式に変わったことかな。

ここでも最果て感台無し! 

とまあこれは普通の乗客から見れば雨でも風でも
外気に晒されず乗船できるから冬の厳しいことを考えても
これは仕方ないかな? 風情風情と言ってられません。


稚内港2

受付時間が来たのでさっそく手続をしました。
バイクはここに置いて行けば乗船料は2400円で済むけれど
ここまで来たからには連れて行ってやりたいし島を走りたい。
バイクを載せると運賃は3倍にもなってしまいますが・・・・

ここからは約2時間の船旅の始まりです。
北海道上陸して8日目になってやっと長年一番帰りたかった
場所へ向かいます。


9日目 第2話へつづく