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2014_03
30
(Sun)10:26

幻のチケット

チケット

有志の方から譲ってもらい一ヶ月前より楽しみにしていましたが
この2週間の激務による疲労蓄積と本日の大雨にてあえなく断念。
久しぶりの上京は叶いませんでした。

バイクが無理ならクルマで、それでもダメなら鉄道でと
今朝まで悩んでいましたが体の節々が痛い状況では何ともならず。
まだしばらく忙しい日々が続くので大事を取りました。

行けなくなったのは残念ですが今回はネットにUPされた
会場の様子だけパソコンで見て我慢します。


今から約28年前になりますが・・


生まれて初めて行った東京モーターショウ。
当時は晴海での開催で東京駅八重洲口からバスが出てました。
2輪メーカー勤務だった私は上司に勧められて行ったのです。

そこで衝撃の出会いがありました。
それは他社メーカーで参考品として展示されてたオートバイ。
開発なんて仕事をやっていると部品の造形を見ればそれが
展示用の一品モノか量産を前提としているのか直ぐに判ります。
私の目を釘付けにしたオートバイは販売を意識したものでした。

地元に帰ってすぐに当時出入りしていたバイク屋の親父に
「絶対発売するから予約しとく」とメーカーが販売するとも
明言していないのに注文をしてしまいました。


フージョン

それがこの大型(排気量は中型)スクーター「フュージョン」です。
注文から4ヶ月経ってようやく納車されました。
当時でも約50万円と高価でしたが、他の所有バイクを売り
ローンを組んで必死の思いで手に入れました。

当時大柄のスクーターは現在ほど普及していない時代でしたので
どこへ行っても注目度は抜群で信号待ちでもしょっちゅう知らない
人から質問攻めにあったものです。

大きいけれどシートが低いので足も踵までべったり付きますので
以外に取り扱いも苦労しないし走行性能も充分パワフルで
荷物も積めますので四国までロングツーリングもしました。

が、問題もありました。

当時は寮生活をしていたので他社製品であるこのスクーターは
敷地内に持ち込めないので自宅に保管せざるを得なかったのです。
週に一度、実家に帰宅したときにしか乗れませんでした。

現在では完全に週末の趣味なので週一でも当たり前ですが
当時の私にとって通勤もバイク、仕事もバイクと乗らない日は
ほとんどありませんでしたので乗ってやれないコイツが不憫でした。

納車から1年後に会社を辞めて旅に出ることになったので
長旅にふさわしいバイクに買い替えの為に私の元を去りました。
それから数年後にブームが来て再生産されるなんて当時は
夢にも思いませんでしたね。

見て惚れて後先考えず直ぐに注文!と
カタログも見ず(出てなかったけど)、雑誌の記事も読まず
何の熟慮もせず飛びついた正に一目ぼれの衝動買いでしたが
自身の状況と環境変化に合致せず短い恋は終わったのです。

若かったし熱かったなぁ・・・
遠い目
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2014_03
29
(Sat)11:10

3連休のお出かけ 3日目

3連休最後の日は野暮用を済ませたらお昼近くになって
しまったのでお気軽半日お散歩ツーリングになった。

横綱ラーメン

なぜか急に食べたくなった横綱ラーメンを昼食にしたのだが
実はここのラーメンを食べるのは20年ぶりなのだ。
(20年前はここの店舗はなくて場所は別だが)

若かりし頃、友人と訪れて思い切って大盛りを注文したのだが
これが予想を遥かに超えた量で食っても食っても麺が減らない。
どう考えても普通盛の3倍は麺が入っているのだ。

なんとか食べ終えたもの、完全にギブアップしてしまい
しばらく苦しい思いをしたのがトラウマになって以後行くこと
は無くなってしまった苦い思い出の店。^^;


チャーシュー

20年前の反省を生かして今回は普通盛。
ちょっぴり財布に余裕があったので初めてチャーシュー麺にした。
味は昔と変わらなく屋台の味というか悪く言えば野暮ったい。

なんて言うか料理としての
洗練度が足りない気がする。


決してまずい訳ではないけど年齢的にこの手のコッテリ系は
もう受け付けなくなってきているみたい・・・・。
また20年行かなくてもいいと感じてしまった。


菜の花

昼食の後は伊良湖半島先端に向かってバイクを走らせます。
月曜日なので数は多くないけど陽気に誘われてか何台かの
バイクが対向車線をすれ違って行きました。


メロンソフト

半島先端にある道の駅で名物?メロンソフトクリーム。^^
何十年、何十回と来ているのに初めて食べました。
で、一休みして自宅へ帰ることにしました。

一人上手な休日終了でございます。

平日に休みもらっても遊んでくれる人がいないんだな。^^;
バイクがあるから楽しいけれど。











2014_03
25
(Tue)07:00

3連休のお出かけ 2日目

行列

連休2日目は朝9時から行列に並んでいます。
始まるのは1時間後なのに既に100名近い方が私の前にいます。
そして全員がヘルメットを持ってワクワクした顔してます。

決して炊き出しに並んでるわけではありません。^^;

何が始まるのかと言うと・・・


試乗会

ヤマハオートバイの試乗会です。

場所は家から20㎞程のところにあるテーマパーク「ラグーナ」。
4年間ほど会社の出向で毎日前を通ってましたが一度も内部に
入った事なかったですし、販売店で試乗した事はありますが
このような大きな試乗会は50年の人生で初めてです。


待機中

受付を済ませた後、車種別に並んで順番を待ちます。
今回人気のBOLTとMT-09は長い行列が出来てましたが
私はBOLTは一ケ月前に販売店で試乗してるしMT-09は
興味の対象外(ツーリング向きではない)だったので選んだのは・・




FJR1300AS

ヤマハの最新ツアラーXJR1300AS
私の相棒はレトロイメージデザインのアナログバイクですが
対してコイツは全く正反対の電子デバイスで武装した最新鋭メカ。
しかもお値段約180万円と私のバイクの2台分以上。

まず買える訳がない。ヽ(゚∀゚)ノ

なのでせめて一度は乗ってみたいと思って今回参加。
30分ほど待ってたら自分の番が来たのでさっそく跨ってみる。
悲しいかな164㎝の私ではつま先ツンツンのバレリーナ状態。

先導車に続いて走り出すと270㎏以上の重い車体もさすがに
最新の設計なのか恐ろしく軽く操る事ができます。
駐車場に設定されたクローズコースを5周、約7分の試乗でしたが
タダと言う事を思えばまあ満足かな?


しかしこれがクローズコースだから良かったものの
あの足つきではとてもじゃないが公道は怖く感じます。
今更ながら体格のハンデを持っている事が残念でなりません。



「はだしのゲン」に例えて私の気持ちを代弁すると・・・

くやしいのう
くやしいのう
 (笑)



2014_03
24
(Mon)07:19

3連休のお出かけ 1日目 その2

昭和44年豊橋駅

前回に続いて「とよはし模型博」の続きです。
今回見たかったのはNゲージレイアウト横に設置された
私が6歳の頃の豊橋駅を再現したジオラマ。

実はこれ、我が家から最も近くにあって(500m位かな)
しかも知人が経営している模型店「Nゲージ天国」からの
出展でしてもちろんほぼ全てフルスクラッチの大作です。

私も当時の事を良く憶えてまして駅舎は現在の2世代前の
日本初の民衆駅として生まれた木造2階建てで、まだ周囲の
道路は舗装されてなく現在は廃止されている病院前までの
市電が砂ぼこりを上げて走っていました。


風たちぬ

豊橋が誇るマニア向け模型メーカー「ファインモールド」
新作が昨年ヒットしたアニメ映画「風立ちぬ」の飛行機です。
元々は軍事モノを得意とするプラモデルメーカーで社員数名の
小さな会社ですが日本で唯一、スターウォーズの模型化版権を
持っていて世界から評価される技術があります。


イーグル1
イーグル2

私が学生の頃まで、おばちゃんが経営していた普通の模型店で
鉄道模型も完成品だけながら天賞堂も扱っていた「イーグル模型」
現在は二人の息子さん達がそれぞれの得意分野で通販店になって
いてラジコン製品についてはメーカーとしても有名になっています。



ゴジラ

こちらはゴジラなどの怪獣映画の模型コレクション。
どれもこれも鑑定団に出せばビックリ高値が付くと思われる希少品。
噂によるとこれ全部が個人のお持ちのモノだとか・・・^^;

この他にも地元模型クラブの作品が展示されてたり全体としては
小規模なんですが内容の濃いもので大人が見ても見ごたえが
あり、入場無料としては充分満足でした。



模型の街として売り出すのはいいけれど実際には小売店は
どんどん廃れていて、子供の頃には数え切れないくらいあった
プラモデルを扱う店が現在では市内に数店舗残るだけです。

ものづくりから子どもが離れていっています。
大人が与えるモノが悪いと気づかないと・・






2014_03
23
(Sun)06:29

3連休のお出かけ 1日目

世間様の3連休とは違って1日ズレて22日から24日が休み。
月一取得義務の有休日がたまたま重なっただけでして。
おまけに初日は夜勤明けなので帰宅したのは午前9時。

本来なら前夜寝てないのでメシ食って風呂入って
数時間は寝るのだが破損の為交換するケータイを受け取りに
いかねばならんので今日はそのまま起きている。

なにせここんところの携帯ショップの混みようは半端ではなく
先日の交換受付に行った時みたいに待ち時間だけで3時間
近く閉じ込められてはせっかくの休日がもったいない。
今日は開店朝一番に行ってとっとと済ませたいのである。


こども未来館

一番受付のおかげで携帯交換は説明入れて30分で終了。
お昼ごはんまでは少し時間があるので近所で開催している
催し物を見に行くことにした。

場所は豊橋駅前近く、かつて市営病院があった跡地に
立てられている「子ども未来館」という市の施設である。
完成して数年が経つけど入館するのは初めてなのだ。
ここで何が開催されているかと言うと・・・

とよはし模型博inここにこ2014
上の文字をクリックすると関連ページが開きます。

お隣の静岡県ほどではないんですが我が町豊橋も近年は
「模型の街」として市の観光課が宣伝しているようです。
と言うのも大手ではないんですがマニアには良く知られた
メーカーが2社も存在してるし全国でも高名な模型クラブも
いくつか存在するようです。 (鉄道以外良く知らんが) ^^;

実はこの催事は昨年も開催されていたようですが今年になって
友人がフェイスブックで情報を上げるまで知りませんでした。
この他にも模型に関する催事がいくつか市内にあります。


ワーゲンバス

現地に着いてバイクを停めた後、入り口に向かう通路では
誰かさんの好きな(誰だよ?)ワーゲンバスのホットドッグ屋さん
がお出迎えしていて、お昼直前なのでちょっと気になりましたが
子供向けの催しに似合わぬファンキーな兄ちゃんが売ってて
ちょっと引きました。(笑)


ちょっと長くなりますので中の展示の紹介は次回にします。



2014_03
15
(Sat)20:07

予定は未定

久しぶりに天気の良い週末だけど先ずは用事をと
朝10時半に予約してあった歯医者さんに行き
擬歯を嵌めてもらって長年空いていた穴が埋まった。

その擬歯を固定するセメントのはみ出た部分を
歯科助手さんに取り除いてもらう処置に入ります。
助手のお姉さんが言うには「もっと顔を右に向けて」
って私に指示するんですが・・・。

「あんたの乳が邪魔でこれ以上無理!」

って言ってやりたいほど既に私の顔の半分は埋没。
気持ちいいと言うよりもう呼吸困難なほどなのだ。
もちろん嬉しさなんて微塵もない。(←半分嘘 ^^; )

ようやく治療を終えてせっかく暖かい日だからすぐに
バイクに・・と思ったが2日前に壊れたケータイの
修理に行かなければならなかったのだ。

ここで想定外の事態が起きる。


家から5分の携帯ショップに着くと待ち席までなんと満席。
しかし修理しないわけには行かないので我慢して待つが
番が来た時には2時間半が経過してました。

ちょうど増税前と新年度前の需要増が重なりどこも
携帯ショップは混雑している事に気が付かなかったのだ。
午前11時過ぎにショップに到着して全ての手続きを
終えて店を出たのは午後3時過ぎてました。

休日1日終了・・ ゚・(ノД`)・゚


はっちゃん整備する

さすがにこの時間から出かける気にはなれないので
我が愛車「はっちゃん」の整備をするだけにしました。
各部の増し締め、エアクリーナーとチェーンの清掃と
バッテリーチェックとタイヤの空気圧と極基本的な整備だけ。


明日はどこかに出掛けたいけど妻の軽自動車のタイヤ交換に
行かねばならないので丸1日は無理だしなあ。
半日その辺ブラついて終わりそうです。



2014_03
09
(Sun)11:41

トラウマラジオ

アイワ

今から37年前の中学1年生の時に買ってもらったラジカセで
その名は今は無きAIWAのTPR-830である。
当時既に家にステレオがありましたがリビング専用でして
どうしても自分の部屋に欲しかったのでお年玉と親に少し
補助してもらって買いました。

ちなみに価格は50500円と当時の高卒初任給に近く
今から思えば中学生には随分贅沢な音響機器です。
(カシオのデジタル腕時計が3万円した時代です。)
これが記念すべき音楽生活の第一号機となりました。

「深夜放送聴きながら勉強する」


と言うスタイルに小学生の頃から憧れていた私はさっそく
勉強そっちのけで(あれ?)ラジオ放送に釘付けになりました。
特に週末は朝方まで起きているのがカッコイイとか根拠なく
思ってた古きよき時代。

当時既にFM放送もありましたがラリッたような独特の口調に
馴染めず、淡々と語り継ぐようなAM放送が好きだったし
面白い番組も数多くあったように憶えています。

その中でも特に忘れられない番組がありました。
日曜深夜(ほぼ月曜朝)だったと思いますが華やかな歌番組の
後に突如として始まる悲壮感漂うBGMに日本語がたどたどしい
老神父(と思われる)が聖書の一説を延々と語る謎の番組。

CBCラジオ「聖書の話」です。

話している内容はともかくBGMと老神父の語りの独特な
口調でその雰囲気たるやなんちゅうかもう・・・

寂寥感がハンパなく凄くて
終わる頃には爽やかな朝を迎えるどころか打ちのめされました。
精神が弱ってる人が聞くと早まっちゃうレベルです。
私はこれを聞くと休みが終わってしまう悲しさを感じました。

いったい誰が聴く為に放送していたのでしょう?(←俺か^^)
調べてみると驚くのはこの番組が2年前まで続いていたと
言うことでした。(つまり30年以上の長寿番組だった)

近年の音源がWEB上に公開されているので聞いてみましたが
70年代のそれと違って純日本人がハキハキと語っており
あの暗いBGMもなく自分の知っているのと別物になってました。

需要があるから供給され、支持するスポンサーがあったからこそ
存在したのでしょうけど今もってしても理解不能ですね。
今あのBGMを聞かされたら・・・。

ギルの笛聴かされるキカイダーになりそうですな。

え、知らない? ^^








2014_03
03
(Mon)08:38

回想録

せっかく暖かくなってきたのに週末は雨ばかり。
今週も日曜日は雨だが土曜日ならと思ってたら
歯医者の予約がある事思い出してやっぱあかん。

それでも予報では日の出の頃には雨上がりそう
だったので一部の望みを日曜日に託していたら・・・

昼過ぎてもやみゃあせん・・(´;ω;`)

さすがにお出かけは諦めざるを得なかったので
仕方なく工作部屋に籠ってボケーとしてた。
模型を作ればいいじゃないと御同胞は言うかも
しれんが低気圧で頭が痛いのでそれも無理。

まあこんな時じゃないとと思い工作部屋をごそごそ
していたらとても懐かしいものが出てきた。


通帳

昭和62年の郵便貯金通帳である。

実はこれ、24歳の時に会社を辞めて旅に出たときに
持って行ったモノなのです。

当時は地元の都市銀行では全国で使えなかったので
唯一の全国ネットがあるのが郵便貯金だけだったのだ。
もちろんATMもコンビニも無い時代である。

それにしても何時帰るか判らないのに持ち金が
わずか27万円とは今からしてみれば無謀である。
これで飲食からバイクのガソリン代まで全てを
まかなわなければならないのに・・・

実際にこの持ち金で100日間旅してきた。
もちろん途中で足りなくなったので飛び込みで
アルバイトしたりしてなんとか乗り切ったのだ。

旅の途中なので現地の雇用なんてわからない。
工事現場や旅館などで頭を下げてお願いして
雇ってもらった。

「なんとかしなければ」

と人間追い込まれれば恥ずかしいなんて言ってられない。
どうやってその日を生き抜くかしか頭になかった。
もちろん当時は若さと体力が味方してくれた。

そして現地の人たちが温かかった。
ほとんどの場所でちゃんと事情を話すと嫌な顔
一つせず、どこの馬の骨かわからない私を
快く迎えて雇ってくれた。

とある工事現場では腕が太ももくらいあるゴツイ
オジサン達と飯場で一緒に寝泊まりして働いた。
たった5日間だけだったけど別れの時は泣いてくれた。

生まれて初めて自分に向き合った日々

初めて生きることに必死になった日々

夜空が孤独を癒してくれると知った。

周りに誰もいないテントの前で起こした

小さな火から人生の哲学を学んだあの日。

答えが見つからぬまま旅は終わったけど

他に例えようのない充実感が残った。



手元に残った一冊の通帳には
あの頃の俺が詰まってる。