2013_12
30
(Mon)17:11

2013 最後の挨拶

海とW

今日は当ブログの最終更新日である12月30日。
私は朝早くから今年の乗り納めとばかりバイクを走らせ
寒風を受けながら、この1年を振り返ってきました。

50歳を迎えたこともそうですが何と行っても今年は
バイクへの復帰が1番のニュースだったと思います。
一人旅も随分久しぶりに堪能しました。

その反面、模型熱は盛り上がらずほとんど工作も
新規購入も無くてここ20年で最も低調でしたね。
まあ限られた資金で楽しもうとすると偏るのは
仕方のないことかも知れません。



そんな偏りながらも思ったよりもアクセス数は減らず
午後五時現在で705170と伸び率こそ前年比マイナスと
なりましたが年間10万アクセス以上頂いております。

バイク記事で新たに読者が増えたこともありますが
長年読んでて頂いて内容が大きく変わった今年も
そんなに興味がないまま継続されてる方もいる模様で
ありがたいことでございます。

さえない中年オヤジの道楽をだらだらと書きなぐった
だけの駄文ブログではありますが・・・・


来年もよろしくお願いします。
読者の皆様、良いお年をお迎えください

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2013_12
28
(Sat)12:58

追憶 その2

今後4~5年はバイクの維持費で新車増備なんて無理!
なんて今年の冒頭に宣言していましたが・・・・
1年経たずに掟破りをしてしまいました。

買ってしまいました。^^;


EH10-1

天賞堂EH10試作型グレー台車仕様!

この1年の間に次々と欲しい車両が発売されるもグッと
我慢してきましたがこれだけはスルー出来ませんでした。
ご存知の通り、9月末には発売されていたのですが金欠で
模型店から引き取ることが出来ず、3ヶ月待ってもらいました。

近藤さん、すまんかった!
だれだよ近藤さんって ^^

一番好きな機関車ですので発売された6タイプ全て欲しかった
のですが、さすがにそれは無理なのと量産型はブラス製品を
持っているので試作型を選びました。


EH10-2

13年前に購入したブラス製品と並べてみました。
ブラス製は95年モデルで当時24万円の超高級仕様、
方や今回のプラ製は定価でも4万ちょっとと値段の差は
5倍以上ある。

見た目の最もな違いは塗装の艶でこればっかりは
どうしたってブラス製には敵わないが、それ以外は
特に劣るようなところは見当たらない。

あえて重箱の隅をつつくような事を言うとパンタグラフ
下枠がプレス抜き部品で実車の形状とは異なっている。
まあこれも値段を考えれば納得するかな?^^

まだ届いたばかりで通電もしてないし新車整備もまだ
なので外見以外の評価は出来ませんがこの連休中に
整備して来月の例会でデビューさせる予定です。



今回の引き取りに必要な資金、バイクのタイヤ交換用
に取っておいたもので使ってしまったもんだから
さてどうしようかと悩んでいます。 ^^;

実は来年発売のEF59が2種とEF62も欲しいの
ですが、うっかり近藤さんの前で口滑らすと
「ええ、取って起きますよ」と言われそうでこわひ。


って書くと半分注文完了したようなものだがな。

(爆)

2013_12
26
(Thu)07:56

クリスマス2013

いつもはイヴの夜に行うクリスマスディナーも今年は
都合があって我が家は昨夜25日になりました。

朝会社に出勤した時に上司に一言

「先日も言いましたけど今日は何があっても
 6時半には仕事上がるからね俺!」

「もし引き止めようとしたらアンタの
 動脈喰いちぎるからね!」

半分冗談風に、しかし目は笑ってないのがミソ。(笑)

ここ連日予定外の長時間残業を請け負って来たので
さすがに文句は言えないだろうけど念を押して置いた。
いくら料理が豪華でも一人で食うのはチト寂しいから
年に一度だけの会社への謀反です。^^

てなわけで、なんとか予定時間通り会社を出たのですが
この日は私の会社と同じように仕事納めが多いせいなのか
帰り道は普段にも増して大渋滞でしてイライラ神が降臨。

ババア 直進車来ねえだろ!
とっとと右折しろやぁ!!


と窓を開けて叫びたい気持ちをグッと抑えて
ようやく家に着いたのが午後7時半でした。


P1040088.jpg

妻もこの日は会社を半休して家族の為に腕を振るいます。
半日かけて準備したご馳走が今年も並びました。^^
シャンパンはバルディ・ビエソ、一昨年にお祝いで
頂いてからの我が家のお気に入りでございます。

見ての通りバリバリのクリスマスディナーかと
思いきや、しっかり茶碗にご飯も並んでいる所が日本。
シャンパンとは合わないのは百も承知なんですが
肉を食う時に米がないのは我慢できないんだな。

我が家、変ですか?^^



手作りケーキ

例年になく張り切った妻はケーキも手作りしました。
さすがに造形はプロのようにいかず、なんとなく・・・

砂山に石のっけたような形ですが。
味はおいしく出来ており満足しました。



これでクリスマスが終わり、明日から新年の準備です。


2013_12
16
(Mon)11:34

追憶

「奴は音が違うからすぐにわかったよ。」

話してくれたのは元国鉄職員で現在は浜松市郊外で
OJゲージ鉄道模型専門店のご主人である。

当時勤めていた浜松機関区(現在はありません)の
職員が集まる詰所のすぐ前に分岐線路があり
そこを通過する車輪の音で機関車が判別出来たと言う。

その音の違いに私も小学生の頃から気づいていた。
最も私の場合は機関区ではなく駅のホームや踏切で
通過していく列車を眺めているうちにわかったのだ。

他の機関車はダンダ、ダンダ、ダンダとジョイント音を
響かせて近づいて来るのだが奴の場合は違って
ドンド、ドンド、ドンド、ドンドと言ういかにも
重そうな音だった。

当時の東海道線の東海地区の機関車は貨物列車用に
EF60、EF65、EF66が7割を占めていた。
そしてそれ以外に「奴」が居たのだ。


EH10-16

EH10型電気機関車である。
当時としては唯一の箱型2車体連結型の巨大機関車で
史上例のなかった真っ黒な車体が無機質感を誇張する
まさに機関車界の「異端児」だった。

試作車で試験を行っている時に黒すぎて夜の機関区では
どこに機関車が停めてあるのか判りにくいとの意見で
量産時に車体周りの黄帯と台車にグレーが入れられたとの
にわかに信じがたい伝説もある。

昭和53年、世の中が第一次ブルトレブームに沸いていた
ころ誰も目を向けない奴が牽く貨物列車が好きでした。
当時から人と同じものを好きにならない天邪鬼な子供だった。


なぜこれを今回書いたかと言うと・・・

その答えは次回!! ^^
2013_12
15
(Sun)12:20

毎週飲み会

忘年会

月内に予定されてる忘年会は6件。
昨晩は2件目でして小中学校の同級生だけのパーティでした。
集まったのは男女15名で毎月飲んでる会の気の会う仲間。

この日は今年最期とあって、いつもより豪華な宴です。
シャンパン&クラッカーで始まり続いてクリスマス定番の
チキン、おでん、寿司、スパゲティ、ケーキと次々と
出てきます。

思い切り飲んで食べてもこの日の会費は2000円ポッキリ。
個人宅なのでショバ代もかからないし自分達でほとんどの
料理をするので低予算でも豪華にできるのです。



屍

いつもの通り終盤近くに寝てしまい起きて見たら帰り損ねて
屍と化したオジサンが何体も転がってました。^^
私もクルマで来たので本日の飲み会は宿泊込みです。

後4件の忘年会を残してますがそれぞれが参加する面々が
違うので簡単にキャンセルできないのは毎年の悩み。
地元以外にも行かなけりゃならないので費用もかさみます。

若い頃は東京や大阪にも仲間が居たので会費3000円の
飲み会に15000円の新幹線代を払って参加したことも。
まあ、さすがに今じゃやりませんがそこまでは。^^;


体もお金もついていけないし。

嫁にも怒られちゃう。^^





2013_12
12
(Thu)22:16

あらビックリ!!

皆様のおかげで本日・・・

70万アクセス達成!。d=(´▽`)=b

早いものでこのブログを始めて来月で丸7年。
タイトルを2度も変更したり中身も当初の目的と変わって
ますが飽きもせずご訪問頂いたおかげです。

さすがに今年はそれまでの鉄道主体からオートバイに
変わって若干アクセス数は落ちましたが、それも
回復傾向でして思ったよりも早く70万ヒットです。

さてと毎回キリの良いヒット数の時は数字に準じた
模型車両画像を載せて来ましたが70となると困った。
鉄道で70が付く形式と言えばEF70とED70くらい
しか思い浮かばない・・・しかもどちらも持ってない。

所有する600両の中には何かあるだろうと探してみたら
ありましたありました何とか出てきました。


オハ70

オハ70型客車です。

と言ってもほとんどの方が実車を見たこともないし知りもしない。
そういう私もこのモデルを譲って頂いて初めて知ったくらいだ。

簡単に言えば、戦争で被災した電車を客車として復旧させたもの。
被災の程度や種車の種類から様々な形態がありその全容は
複雑怪奇で一定の定義では収まりきらない。

画像の模型は今は無きペーパーモデルの代表メーカーだった
ロコモデル社の店頭のみで販売された完成品である。
しかしいくら自由度の高い紙だからと言ってよくこんな
車両を模型化したものである。

そもそも需要があったのだろうか?
恐らくオーダー品として受注したものをついでにいくつか
作って店頭に並べただけで、その時限りのモノだろう。
多分実際に世の中に出たのは10両も無いと思われる。

80年代初頭までの16番全盛時代にはこのような
カタログにも載らないような特製品が数多くあった。
ホンの数両作るだけなのでカタログに載せる意味が
なく、たまたま店を訪れて発見した人だけに買われたのだ。

縁があって我が鉄にやって来てもう6年。
実車がどのように活躍したか知らないのでこの客車も
運転会に出ることもなく、ひっそりと棚に飾ってある。






2013_12
09
(Mon)16:25

プライド

冬になると周囲に必ず一度は言われるのが
「なぜ寒いのにあえてバイクに乗るの?」
とお決まり事で私はこう答える事にしている。

「それがバイク乗りですから。」

言われた方はそれ以上追及する言葉を持たないから
必然的に会話は最小限で結審する。
何故好きかなんて愚問に長々付き合うつもりはないのだ。

でも実際は寒いものは寒いしなんとかならないかと考える。
近年では便利な防寒グッズも多くて快適性も高いのだが
何分にも高性能ほど値段も高くなる。

そしてもう一つ、バイク乗りは格好にもこだわる。
どんなに暖かい防寒グッズでもカッコ悪いのは勘弁だ。
ライダーはバイクに乗った途端にちょっとナルシストになる。

自分がどんな風に周囲に見えているのか信号待ちなんかで
建物のガラスに映った自分をちょっとチェックしたりする。
腹の出てる私はこの時だけ腹筋に力を入れて背を伸ばす。(笑)

しかし若い頃と違って滅法寒さに弱くなった私はカッコ悪いと
昔から避けてきたものについに手を出すことになる。
悩んで悩んで悩んで実を取るためにアマゾンでポチッた。

ハンドルカバー

そして先ほど届いたハンドルカバーである。
もうね美学とか何とか論じるのも嫌になるほど洗練されてない
姿だし、こんなもの付けてまで乗るのかと考えてしまう。
でも買った以上とりあえず愛馬「はっちゃん」に付けてみる。


装着

「・・・・・・・・・・・・」(* ´д`)

ダメだ、やっぱり脳髄が凍り付きそうな程カッコ悪い。
得体の知れない敗北感に包まれガレージでしばし唖然。
どう見てもオッサンの配達バイクに成り下がったようだ。
まあいいや、要らなければスクーター乗ってる息子にやろう。

ライダーにとって指先の冷えは大敵でして、最悪操作ミスを
引き起こすこともあるし何よりも戦意を喪失してしまう。
身体は安価なアンダウェアやカイロで充分我慢できるまで
保身できるが指先だけはどんな高性能で高価なものでも無理。

昨日、用品ショップで電熱グローブなるものを見つけて
試用品で試してみて確かに暖かいのだが内蔵のバッテリーが
半日も持たないので通勤くらいの使用では良くても
ツーリングでは役不足、なのにとても高価であきらめた。

で、ハンドルカバーだが使わないうちに酷評するのも何かと
さっそく近所を走ってその効果を確かめて見る事にした。
ぐるりと走り回ること約30分・・・・。

こりゃええわ。d(⌒o⌒)b

発熱機能があるわけじゃないので暖かいわけではないけど
直接風が当たらないだけでこんなにも違うのかと驚く。
ただしスイッチ類の操作性が少し悪くなるのが残念だが。

販売されているハンドルカバーには下は1500円位から
8000円クラスまであるが(発熱機能付は除く)よく
売られているのは2000~3000円クラスが多い。

せっかくなのでそれより少し上の4500円のを選んだ。
このクラスになると中の綿が厚かったり、カイロを入れる
ポケットが付いてたりするので便利かなと思って。
(カイロが入れられるのは買ってから気づいた)

あと防寒対策の王道として電熱でハンドルを暖める
グリップヒーターなるものがあり一応考えたけど
これだと手のひらは温かいが甲側は風に晒されるので
効果に疑問があったのと取り付けが少々手間だ。

ただでさえハンドル周りがナビやら携帯やらで
賑やかなのに更にスイッチを付けなければならないし。
機械なので壊れる可能性もあるしバッテリーも心配。
格好が変わらない以外の利点が以外に少ないのだ。

で、結局コスパからハンドルカバーに行き着いた訳だが
この見た目に慣れるのには時間がかかりそうだ。
格好を取るか保身を取るかライダーの永遠の課題かも。


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ちょっと話は遡って私がテストライダー現役の頃、
会社のテストコースで寒いと感じたことがあまりない。
最もスピードの出る直線は西向きで冬は向かい風が
激しくてスピードが落ちるくらいなのにだ。

これは1回の走行時間が1時間以内に決められている
事や一般道では考えられないほどのスピードを出す為
緊張感が寒さを感じにくくしている事によると思われる。

走行を終えてバイクから降り、事務所(詰所)のストーブに
行くまでの間が最も寒かった覚えがあるのだ。
走っている時よりも止まった時の方が辛かった。

装備としては冬用のジャケットと手袋以外夏と変わらない。
肌着にシャツ1枚、それに皮ツナギだけだった。
モモ引きくらいは履く時もあるけど体の動きが鈍くなると
場合によっては命の危険もあるので保温より身軽さが大事。

コンマ何秒の操作ミスで自分の体も危険に晒すし試作車を
壊してしまうと何億円もの損害が出てしまうので
寒いくらいは我慢しないとやってらんない職業である。

当時はプロ用でも優れたインナースーツなんて無かったし
貼り付け用カイロすらほとんど見なかったくらいだ。
それでも若い頃だったので1時間位はなんとかなった。

いまだったら無理だろうな・・・(´Д`)=З



2013_12
08
(Sun)20:50

そろそろ始めにゃ

年賀状200枚

12月に入るとまず準備しなけりゃと思うのが年賀状。
既に11月の発売時に必要分は購入してあり何時でも開始
出来るのだがこれがおっくうでなかなか始めれない。

私が毎年出す年賀状は約200枚。
おおよそだが同級生が20枚、会社関係が10枚
鉄道趣味関係が70枚で残り100枚が昔の旅仲間だ。

旅そのものはもう四半世紀前だが当時知り合った全国の
仲間と毎年欠かさず年賀状だけは続けている。
遠方の方が多くて普段会えない方達ばかりだ。

実際には当初は旅関係だけで250枚もあったが
基本的に2年続けて返事の来なかった人は止めてるので
これでも随分減っているのだ。

この夏の九州ツーリングで再会した仲間もいつか逢えたらと
思い、25年続けてきた年賀状が繋ぎ続けたおかげである。
言わば私にとって旅仲間への年賀状は再会を願う七夕の
短冊のような役割をしている。

当然のように通信面のデザインは毎年変えるのだが
一つだけ決まっていると言う事は私本人の写真を入れると
いうことである。

自分もそうだが本人の画像が入った年賀状は毎年の変化が
目で確認できるし、その方がもらって嬉しいのである。
だから私からも積極的に入れるようにしている。

ちょっと残念なのは子供だけ写した年賀状。
私は別に子供さんと面識ないし知りたいのは宛名本人の
近況なのでせめて家族写真にして本人も写って欲しい。
親戚宛ならそれでもいいけど友人なんだから。

文句じゃなくて希望です。^^

さて明日は今年最後の有休を取りましたので
年賀状用の写真でも撮りに行きますか!


2013_12
01
(Sun)17:48

12月

海とw

1年なんてあっという間でもう12月ですね。
私にとっては50歳を迎える節目の年でもありました。
皆さんにとって今年はどんな1年だったのでしょうか?

思えば昨秋、50歳を迎える半年前に考えていました。
「今やっとかなきゃいけないことはなんだろうか?」
答えはオートバイへの回帰でありました。

家族への説得、資金の捻出と問題は山積みでしたが
考えてたって悩んでたって解決することは何もありません。
無理を承知で動き始めたのが昨年11月の頃。

免許は取れたものの年が明けてからは資金繰りに併走し
一ヶ月経ってようやく我が相棒を迎えることが出来た時の
感激は忘れることはこの先一生ないでしょう。

借金という現実は置いといてな。(;´Д`A

相棒と過ごしたこの9ヶ月の間に東は山中湖、西は九州
四国と11000㎞以上走って参りました。
25年前の時と比べると随分ハイペースです。

体重は増え、体力は当時の半分以下なのに長年我慢した
身体がもっと走れもっと走れと要求するのです。
脳味噌がもっと感じろ! もっと刺激を!と



ゆうぐれ

50歳という年齢から考えるとこの先何年バイクに乗れる
元気を保っておられるだろうかとの懸念がよぎるのも事実です。

「夜普通に寝たと思ったら朝起きてこなかった。」

「飲み会の帰りに体調崩し病院で朝が迎えれなかった。」

「ちょっと腹が痛いと病院行ったら余命半年だった。」

なんてのが実際に同級生にいるのですから、いつ自分に
順番が来てもおかしくない世代になってしまったのです。
命に別状なくても僅かな疾患でも乗れなくなることがあるし。

老いか病気か事故かで乗れなくなる日が必ず来ます。
その時に後悔なく未練なく最後の鍵を抜けるように
いっぱい走っておこうと思います。


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