FC2ブログ
2011_10
31
(Mon)04:09

夫婦珍道中 高山市街編 その2

さてと夫婦20周年記念旅行も2日目、旅館を出て再び高山旧市街へ向かいます。


屋台会館

高山に来たら必ず訪れたい場所のひとつ高山祭りの屋台会館です。
高山祭り自体は私たちの来る2週間前に終わってしまいましたがここならば
年中いつでも祭りの雰囲気に触れることができます。

☆実際に高山祭りを見たければ1年前から宿の予約が必要なほど賑わいます。


祭り山車

歴史書物の展示もありますがここの見所は名前の通り「祭り屋台」でしょう。
豪華絢爛とはこの屋台にある為の言葉といっても過言では無いくらい美しいです。
展示されてるのは実際に使用されるものの内の3台で祭り当日には引き出すために
高さ8メートルはあろうかという扉が画像中央奥の壁にあります。

現在の物は200年ほど前の江戸後期に製作されたもので当時豊かな材木に恵まれ
天領としても繁栄を極めてた各町の庄屋や名主が豪華さを競い合いました。
現在においてこれだけのものを作ろうとしたら、ひとケタ億じゃ足りないでしょうし
何よりも作る事のできる木工師や彫金師がもういないのでほぼ不可能でしょう。


朝市

屋台会館の後は小雨の朝市通りをぶらりと抜けて・・・


修理工場?

向かった先は自動車修理工場?

実はこれ、「高山昭和レトロ館」の入口です。
間口は普通の町の修理屋さんっぽいのですが入った先の奥に入口があり、


レトロ館

こんな風に昭和の良き時代(昭和30~45年位)の街並みが再現されています。
よくも集めたなと思うくらい家電製品からカメラ、おもちゃは言うに及ばず
日常的に身の回りにあった物のほとんどが当時の姿のまま保存されており
誰が来ても必ず1つや2つは持っていたものがあるでしょう。

ここで高山旧市街の散策は終わり次は郊外に向かいます。



自然薯の村

目的地に向かう途中にお昼になったのでここで腹ごしらえです。
ちょうどルートの途中にあり最初の計画時から予定していた「自然薯の村」。


とろろごはん

ここで食したのは一番安い「とろろご飯」950円也。
自然薯の村に来てとろろ食わなくてどーするとばかりの当然の選択。
4000円級の「懐石とろろづくし」なんてメニューもあるのですが、
観光旅行とは言え昼食にそんな大枚を払う気になれません。
自然薯の美味しさは「とろろご飯」だけで充分に味わえます。

本当のところは先日書いたように旅館での朝飯の量が多くてこの時点でも
あまりお腹が減ってないのですがせっかくの機会を逃してはと、これでも
無理して食べました。 ^^;

腹は貧乏が根付いているようです。


高山ロープウェイ

2日目最後の訪問地は新穂高ロープウェイです。
ここのロープウェイは第一と第二があって駐車場から中腹までが普通構造の第一。
中腹から山の頂上までが世界的にも珍しい2階建のゴンドラで120名も乗れます。
ちなみに往復料金は一人2300円と少々お高いですが「よくもこんなところに」
との感激代と思えば納得・・・・します。

乗ってしまえば一階も二階も変わらん。^^


紅葉に夢中

画像は第一と第二の中継地にある休憩所の一角。
ここまで来たのはロープウェイに乗るのが目的じゃなくて高地の紅葉を見るためで
お天気は泣き出しそうで快晴時の鮮やかさは望めませんがそれでも平地では
決してみられない見事な紅葉に妻も満足で一安心です。




これで2日目の日程は終わり今夜の宿へ向かいます。
なんとか天気は持ってくれました。


次回は珍道中2泊目をお送りします。







スポンサーサイト



2011_10
30
(Sun)03:45

夫婦珍道中 高山宿泊編 その2

どんなに設備が良くてもキレイでも旅館の評価を決めるのは
「料理」であることは間違いありません。
他がどんなに良くても料理がまずければ意味がないと1流旅館の
料理に込める意気込みは半端ではありません。


前菜

最初に自家製梅酒の食前酒(黄色の器)から始まった前菜です。
画像右にある土瓶はお茶ではなくて「松茸の土瓶蒸し」で出汁は良いものの
残念ながら松茸は海外産のようですが流石に粗悪な中国産ではなくカナダ産。(ぽい)
今年は猛暑と大雨台風で国内産はほぼ入手不可能なので仕方ありません。

その左隣は茶碗蒸しで真ん中の皿には鱧の湯引き・まくわりの実・椎茸・栗と
秋の味覚が並びますますが鮎の塩焼きの下にある変なカタチの器は何?と開けてみると



飛騨牛寿司

なんと昼間に観光街で食べた飛騨牛握りがまたもや登場で
一瞬は「また・・・・?」と思いましたが食べてみてアラびっくりこっくり!

こちらの方が数段美味い!!

さっきのは何だったの? と思うくらいに全くの別物。
さすが国内市場最高ランクであるA5等級の牛肉しか出てこないこのコースは
お土産街で売ってるものとは比較にならないのである。


飛騨牛ロースト

次に出てきたのは飛騨牛ローストですが期待した割に味は普通でした。
霜降りの多い肉にローストは合わないのかな?



焼き肉

ようやく出てきましたこれぞ本命の飛騨牛ステーキ。
タレも付いてきますがこのクラスの牛肉には余計な味付けは不要!
別途付いてきた岩塩だけでややレア気味で焼いて口にほうばると・・・

んもうタヒんでもいい! ( ̄▽ ̄)

思えるくらい極楽気分!
肉から出る脂の甘いこと甘いこと・・・
量は多くありませんが本当に美味しいものは少ない位がいいんです。


つけ麺

画像は撮り忘れて食べちゃったあとですが次に出てきたのは高山ラーメンを
ツケ麺にしたものですが量は二口分ほどで5秒で完食。
実はここまでに結構お腹も膨れてきていて「後はこれでデザートかな?」
と思い添えられたお品書きを見ると・・・・

まだ半分来たところでした。(;・∀・)


実はこのあとは圧倒されてしまって全てを撮ったのかどうか覚えてませんが
とりあえずカメラに残っていた画像だけを見ると・・・



牛鍋しゃぶしゃぶ風

牛鍋しゃぶしゃぶ



やわらか煮

牛肉やわらか煮とこれにデザートのケーキとコーヒーと・・・
食欲旺盛な若者ならなんでもない量かも知れませんが50近いオヤジには

限界超えて臨界域に達しました。


感覚で言えば普通の洋食フルコースを2巡したくらいあったような気がします。
侮ってましたね ”飛騨牛づくしコース”。 お部屋に続いて量も最上級でした。
味の方もほぼ満足できましたので良しとしますか。


で、翌朝出てきた朝食の量にまたもや・・・・以下略。
私も妻も「出されたものは残してはいけません」と教育されて育ったものですから
気合で食べましたよ、ええ!

美味しいのに後悔するなんて初めてのことで慣れない贅沢も楽じゃない。



さて次回は道中2日目をお送りします。


2011_10
29
(Sat)07:51

夫婦珍道中 高山宿泊編 その1

早朝5時から車を走らせ歩き回ったので午後3時には観光街から
JR高山駅を挟んで反対側にある本日の宿に向かう。
「近場で贅沢」という目的のために選んだ宿は花扇別邸いいやまさん。

団体客用の本館と我々家族用の別館とあるが最低でも一泊2万円。
印籠を見せなければ入れないVIP室があるかどうかは知らないが
私ら庶民が泊まることのできる最高峰の「特別室」を選んだ。
一泊のお値段はというと・・・

富のプレステージ1割引くらい。
って模型やってる人にしか解らんわな。^^

もちろん一人あたりの値段で食事も ”飛騨牛づくし”コースを選択。
安くすまそうと「すき家」あたりで食事してツインのビジネスホテルに
泊まった場合の10倍に相当するかつてない贅沢。

若い頃の貧乏旅で駅やバス停のベンチで寝袋にくるまって寝たあの日と
比べると僅か四半世紀程の間で天上界の楽園と地獄の釜の底と双方を
体験できる自分の人生って結構面白いところを行ってるなと思う。^^


特別室

特別室の居間兼寝室で12畳の和室である。
50インチを超えるテレビは特別室のみの特典でDVD再正機と映画ソフト付き。
この他にも専用の庭と7畳半の食事室と内風呂、空気清浄機にマーサージ椅子まで。


露天風呂

シャワー付きの内風呂とは別に部屋専用の露天風呂まである。
ここのすごいのは立地が住宅街の近くで周囲に他の宿が無いので宿専用の
温泉脈を平成8年になって自力で掘り当ててしまったところである。

女将の話によると宿の生き残りを掛けた決断で数千万円の費用と
情熱で湧き出した「執念」の温泉とのこと。
確かにどんなに設備が立派でも天然温泉とそうでないのは格が1段違う。
老舗の名前に奢らずに挑戦する姿勢は素晴らしいと思う。


セレブ気分

もう2度と無いかも知れない「プチセレブ」気分を堪能する私。
1つだけこの宿の惜しいところは立地条件から景色が楽しめないこと。
それでも趣向を凝らした庭と女将や仲居さんの心遣いもあって大変気持ちよく
過ごせ、事実最初にこの部屋に入ってから翌朝のチェックアウトまで1度も
部屋から出なかった。

出る必要がないくらい充実してた。

それにしても部屋に入るなりアチコチをデジカメで写して喜んでいる
あたり自分は決して庶民以上には成れないんだなと切に思う。(w




次回は飛騨牛づくし編です。



2011_10
27
(Thu)20:51

夫婦珍道中 高山市街編 その1

ラーメン店

白川郷を出て高山市内に着いたのはちょうどお昼頃。
駐車場に車を預けて、最初に昼食をと見つけたのが観光街にあるラーメン店。
せっかく高山に来たのだからご当地「高山ラーメン」ですよね。^^


高山ラーメン

高山ラーメンの特徴は濃い醤油スープにストレートな細麺で刻んだ白ネギとカイワレを
トッピングして食べるのが「通」の定番らしいけど、お味はと言うと・・・

至って普通 (´Д`lll)

特別に美味いっていうわけじゃ無いし食えんほど不味いわけでも無い。
ぶっちゃけて言ってしまえば・・・わざわざコレ目当てに来るほどでもなし!。
1店しか食してないので全部がそうだとは言い切れんし好みもあるし・・・。


街並み

気を取り直して街中の散策に入ります。
高山の旧街というのは江戸時代の雰囲気を残すもので外観は同じような
建物が続きますがそれぞれに喫茶店だったり酒蔵だったりして内部は様々で
趣向を凝らして現代風にしたものや昔のままを保つものなど、さほど広い一帯では
ありませんが結構飽きが来ない程度には楽しめます。


握り

先程のラーメンに満足いかなかったのでちょっと口直しにと飛騨牛握り。
ちなみにこれで1000円!と回転寿司みたいに安くはないですが観光地ですからね。
それなりに美味しかったですけど価格分ほどは感じませんでした。
名物に旨いもの無しと昔の人は良いこと言いましたね。^^;


高山陣屋

本日の最後は旧街の外れにある高山陣屋へ行きました。
「陣屋」とは何かといいますと現代で言うと総合お役所ってところ。
大名の総見所から農民商人の納税、罪人の裁判所、年貢米や武器の保管庫とあらゆる
行政機能が詰まっているようなところですが説明文にあるだけで内部は

ガランと何もない部屋が続くだけです。

多少の展示物はありますが観光地としては少々演出に乏しいかな。
歴史好きの方にはウケるのかも知れませんが旧街に多く居た修学旅行生は
一人も見に来ていなくて私らの他はご年配の夫婦が来ていただけでした。


さて早朝からの移動で疲れてきたので本日は早めに宿に入ります。
次回は高山編その2に続きます。


2011_10
25
(Tue)20:53

夫婦珍道中  奥飛騨白川郷編

実はこの秋で私は結婚20年になりました。
例年、結婚記念日は市内のフランス&イタリア料理屋へ行くのが通例でしたが
今年は20年の節目とあって夫婦2人での小旅行に出掛けることにしました。
従って今週は鉄分0の記事が続きますので興味無い方はスルーしてくだされ。^^;

思えば新婚旅行が終わって二ヶ月もしないうち妻の妊娠が発覚し新婚気分を
味わう暇も無く子育てに奮闘することになる。(しかも双子だし)
そして子供は順調に育ったが私は持病の悪化で4度の入院生活と1度の転職。
その合間に自宅を建て替えの為、生涯初めての引越しと乳児を抱えての仮住まい。
この他にもてんやわんやで結局夫婦2人での旅行はこの20年間一度も無しでした。

言い出したのは昨年の結婚記念日の頃の妻。「来年はしっかり休みとって旅行行こう」
で、今年夏2ヶ月も前からどこへ行こうかと話し合うこと数回。
私も妻も会社員なので3日以上同時に休みを取ることは難しく、ならば

近くでいいからのんびり贅沢にと決めた行き先は・・・・

白川郷

高山・奥飛騨・上高地と岐阜から長野にかけての田舎巡りです。

プロフィールにもありますが若い頃に3年かけて日本中を旅した私ですが
主に沿岸部沿いに移動することが多かったので山間部にはあまり踏み入れて
ないので今回の旅先も初めて訪れるところばかりなのです。


合掌造り

早朝5時に自宅を出発し東名高速→東海北陸自動車道と車を走らせ最初に訪れたのは
合掌造りの茅葺屋根で有名な奥飛騨白川郷で以前から一度行ってみたかった場所です。
村といっても入口には大きな駐車場があって隣に土産物屋が並びすっかり観光地化
されてはいますが吊り橋を渡って集落に立ち入るとなかなかいい雰囲気です。


合掌内部

合掌造りの内、何軒かは中に入れるように(有料)なっており見学ができます。
画像は合掌屋根の内側の部分で、本来は蚕の養殖場として使われていました。
外観はよくメディアで放映される合掌造りですが内部の構造はなかなか目にする
機会は無いと思います。 蚕の他は古民具の展示がメインです。


全景

歩いて15分ほど登ったところに村を見渡せる展望台があります。
ここから見る景色はテレビ中継の他に数々の映画で使われたシーンがここから
撮影されたことがよくわかります。

ここ白川郷での滞在時間は約2時間ほど。
1日目午後は高山市内の散策に行くことにします。


続く・・・










2011_10
24
(Mon)20:28

天使が見えます。



してます。

この2~3日分の更新は明日以降やります。

ごみんね。m(_ _)m





2011_10
17
(Mon)02:52

ナマ足は嫌い

モ510整備

どうにも気が乗らないので「工作のスランプは工作で直せ」とばかり
机の上にあったマスコットの名鉄モ510を分解し始めた・

もちろん壊すのではなくて売っている状態のままインレタも付属品も
何もしていないので、まずは部品を付けてインレタを終えた。
本来ならこれでもいいのだがどうにも全体が安っぽいのでもう少し
手を加えてみることにする。

まずは台車と床下機器で晩年のグレー色時代を再現してるのか
成型色のグレーのままで実にナマっぽくてイメージに合わない。
それでなくても近年の車両の台車や床下機器が明るい色なのは好みじゃない。

台車は黒だよね! 近藤さん!!
だから近藤さんって誰だよ?^^

台車と床下機器は簡単に外れるのでここは問題なく済んだ。


スカート塗装

続いてスカート・ステップ・連結器周りももう少し落ち着かせるべく
濃いグレー(タミヤ・オーシャングレイ)を吹いてみた。
小物部品の塗装には我が工房では洗濯バサミが大活躍をする。

画像のように吊り輪が付いたタイプなら軽い部品の場合は立てて
少し重い部品の場合は吊り輪を使ってぶら下げて乾燥ができるのだ。
この他にも番号別に短冊状に切った紙ヤスリを吊るすのにも使っている。
百均ショップで10個入り位で売ってるので是非お試しあれ。 ^^b



ウェザリングする。

最後の仕上げにタミヤのウェザリングマスターを使って適度に汚す。
汚しの表現はつい最近になって少しづつだがやってみるようになった。
エアブラシだと修正が効かないがパウダーなら何度でもトライできるし
準備も手間も簡単で良く、最後にツヤ消しクリアーを吹けば落ちることはない。


メイクアップ完了

画像では判りにくいが製品のままの状態に比べれば随分落ち着いた。
もちろん実車がこの急行塗装の時代に下回りが黒だったかどうか定かではない。
晩年の写真を見るとグレーだった時期が多いが確かに黒の時代もあったのだ。
実車がどうであれ自分の中の旧型車のイメージはこうなのだ。

ちなみに今回何故これに手を出したかと言うと実はこれも運転会のテーマに合致する。
次回の運転会大集合のテーマは「形式51」で、これはモ510。
つまり必ずしも「51」だけじゃなく例えればEF510でもいいし151系電車でもいい。
どう解釈するかは本人次第なのでコレもありと言うことである。


今回の工作も思い付いてから完成まで3時間弱。
もう少し手をかける気になれば内装を塗装したりしたけれどあくまでも
気分転換の息抜き工作だからこれで終わり。


さて昼ご飯済んだら本題に戻りますか・・・



2011_10
16
(Sun)20:24

ご覧頂いてる皆様へ

40万ヒット

2006年1月に開設した当ブログですが本日めでたく40万ヒットを達成しました。
5年9ヶ月という期間中、当初の1~2年は更新をほとんどせず体調不良や入院を
したりで、かなりの停滞期間があったものの最近3年間は年10万を超えるアクセスを
頂きまして本人の予想より遥かに早い達成でした。

「面白い文章を書きますね。」と模型仲間や地元友人が時々言ってくれるのですが
私自身、特に得意とか勉強したわけでは無く思ったことを思うままに書くだけです。
一応公開前に読み直して客観的な目で出来栄えを見たりはしてますが。

その割に誤字脱字が多いのは
なんで?といわれると ^^A


ともかくヘタレモデラーの戯言ブログがこんなに多くの皆様に読んでいただける
とは開設当初からすれば想像できるわけがなく「どうせすぐ飽きてやめるだろう」
思ってたのが間もなく6年目を迎えることになろうとは・・・・。

で、画像ですが40万ヒットなので形式が「40」の車両を探したらなんとかありました。
ご存知ローカル線の主役キハ40で左から3両がフェニックスキット組で右の1両のみが
懐かしい京都模型の完成品で全て北海道仕様になってます。
当鉄道に来てからは全くの未整備で一度の走行歴すら無く順番待ちの状態です。

花月園の電化幹線レイアウトには似合わないし、地元では縁のない車両ということで
いつ出番が回ってくるのやらですが追加工作したい箇所もありますので機会があるその時
までまたしばらく飾り棚に居座ってもらいましょう。

さてと来月の運転会の車両整備に戻りましょうか。
相変わらず同じことばかりやってるのでブログネタになるようなものが無いな。
私の場合工作してるからブログを書くのではなく、ブログに書くために工作してるような
ところがあるから特に皆さんに熱く語るような部分がありませんし。
せめて単なる "オヤジ愚痴ブログ”にならないように気を付けましょうか。

え? 既になってるって!

すみません。

オヤジですから・・・


2011_10
16
(Sun)08:05

夫婦で敗北

昨日の午後のこと。

来週の夫婦旅行に着る服を買うためにユニ○ロへ行って買ったズボンの
裾直しの待ち時間の間に隣接する家電量販店に入った。
特に買うものがある予定ではなく単なる時間つぶしのつもりで
店内を見て回ったが、いつの間にか傍らにいた妻の姿が見えないので
探して見ると某家電製品の体験コーナーにいた。

妻があまりに気持ちよさそうに体験してるので私も隣にある別機種に
試し始めるとそのうち並んでいる機種の比較を夫婦で始めた。
どれがいいかという結論に珍しく妻と私の意見が一致した。
ほどなくズボンの仕上がり時間になったのでユニク○に戻り受け取り帰宅。

ところが帰ってもあの心地よさが頭から離れない。
我慢できずネットで通販できないかと調べ上げて最安価格の店を発見。
さっそくそのことを妻に伝えると自らもパソコンに向かって調べ始めた。
妻もやはりあの気持ちよさは捨てがたいらしく間もなくして

「ポチッとしていい?」と聞いてきた。

「もちろんですとも!」とすかさず私。


で、買ったのは・・・・


フットマッサージ

足専用のマッサージ機である。
実は私も足に疲労が溜まりやすく寝る前はハンドマッサージを足裏に当てて
揉みほぐさないと寝付けないときがあるほど。
定価が40万円近い全身用のマッサージチェアも自宅にあるのだが少し古くて
足の部分のマッサージ機能があまりよくなくて現在では殆んど使ってない。

家電店で比較したのはこれを含めて4機種で値段も2万円位から5万円オーバー
するものと幅があったが一番揉む力が強い画像の機種に決定した。
店頭での価格は定価49800円が特価37800円になっており
値段順から言えば安いほうから2番目だがそれでも約4万円の出費をその場で
決断できるほどじゃなかったのだ。

ズボンを買いに来た気持ちで
ついでに家電を買うなんて何かが
間違ってる気がしたからかな。


でも結局それが正解でネットで調べると送料込でも3万円で売っている。
もう夫婦共々「買うしかない」モードスイッチが入ってあっさりお買い上げ。
俺達夫婦は安いものを見つけて勝ったのか? それとも欲望に負けたのか?
何にせよ自宅に届くのは一週間後だ。

これから物入りになる年末を前に衝動買いしてて大丈夫かいな?
ともホンのちょっぴり思ったりもしたがこれで悩みの一つが解決するなら
いいんじゃない? と思うことにした。


これ書いてて気が付いたのだがネットで買い物をすることを
いつから「ポチッとすること」になったのだろう?
マウスをどう操作しても「カチッ」であって「ポチッ」じゃないのに。
レンジで調理することを「チンする」以来の造語ではないのか?
などとどうでもいいことで悩む日曜日の朝。


2011_10
15
(Sat)12:02

ヒマでも平日

居酒屋

どういうわけか昔から工作は週末!とインプットされているのか平日夜に
いくら時間があってもあまり工作に乗り気になれません。
会社での復興生産も思ったより需要が伸びず10月は定時帰宅が多いので
遅れ分をなんとかと机に向かうがやはり手が動かない。
たまには気分転換をと近所の行きつけの飲み屋に妻と二人で夕食にと。

ちなみに外飲みでの店はほぼ100%が居酒屋系です。
昔みたいに高い洋酒を飲むわけじゃないしおネエチャンも今更どうでもいい。
スナックも悪くはないけどカラオケがうるさくて会話ができないからダメ。
大体が顔も知らない他の客の下手な唄にお義理で拍手しなければならんという

あの空気がたまらなく嫌い。ヽ(`Д´)ノ

たまたま私の行ってたスナックだけなのかも知れんが年々客層が悪くなっていく。
酔えば無礼講とばかりに他人に絡む奴はいるは、気に入ってるおネエチャンなのか
会話がこちらに来るとずっとニラんでるわ、カラオケは独占するわで。
そんなわけでスナックには行かなくなって10年は経つ。

幸い規制強化の影響なのか繁華街よりも歩いていける町内の飲み屋に注目が集まり
我が家の周辺にも歩いて10分以内の場所に近年相次いで3店も開店した。
今回行ったのは3件のうちで最も贔屓にしている市電通りの居酒屋。

家庭的なメニューと程よい広さと陽気なお母さんでご近所さんの社交場となっている。
テレビはあるが、あのうるさいカラオケも無いしお客さんも落ち着いた方ばかり。
そして10匹位はいると思われる猫が常時店内をうろついていたりする。
(全部がいっぺんに現れるわけではないが)
欠点と言えばその・・・

猫嫌いには無理な店

であることくらいか。




妻と二人で酔っ払って歩く帰りの10分の道のりに吹く
やさしい風がとても気持ちいい季節です。





2011_10
09
(Sun)11:55

毎日お祭り

神明社

昨日、今日と私の住む地区のお祭り。
この地方では有名な手筒花火も巫女の舞も餅投げもメイン行事は昨日夜までに
終了し、日曜日は子供神輿の奉納などが行われ早い時間に終了します。

40年ほど前の私の子供時代には境内と参道にずらりと屋台が出て
大きな山車が県道を下って神社に奉納されるなど、それなりに賑やかな
お祭りだったのですが古くからある町の宿命なのか高齢化と若者の転出で
人手も資金も不足するようになり地味なお祭りになってしまいました。


神輿

我が家の正面を獅子舞と子供神輿の行列が爆竹を鳴らしながら通り過ぎて行きます。
青年会と地元PTAが協力してなんとか次世代に祭りを伝えていこうと頑張ってます。
どんなにささやかでも地味でも祭りがあるだけ良いほうで新興住宅地などは
神社すら無い場所も少なくありません。

弘兼憲史氏の代表作「人間交差点」の何巻目の何話かは忘れましたが主人公が
少年時代の祭りで遊ぶ自分を振り返るシーンがあり、こう叫びました。

「人間には祭りが必要なんじゃあ!」


なんでもない台詞ですが何故か心に強く残っています。





整備は続く

さて、私目は申しますと世間のお祭りはベランダから眺めるだけにして本日も
朝4時に起床して黙々と「昭和50年・急行銀河」の工作をしております。
最近になってこの朝4時から7時までの時間帯が最も自分が集中できて
効率よく工作進める「工作ゴールデンタイム」ということに気が付きました。

家族は皆寝てるので用事で呼ばれる事は無いし電話も鳴らない。
アルコールも抜けているし、いい具合に空腹で集中力も満腹よりはるかに良い。
塗装作業や音の出る作業は無理だけれど静かで凛とした空気は実に心地よい。
何よりも中年になってから早寝早起きなので眠気もほとんどない。

ジジイだな俺も (^_^;)





工房の状態

さて運転会まで後一月半となり工作部屋は戦場と化しています。
机は工具だらけ切り屑だらけ、周りは部品だらけ車両だらけ箱だらけ・・・・
いちいち片付けてたら工作が停滞するので何工程分も出しっぱなしで資料も散乱。

祭りに参加しなくても部屋の中がお祭り状態。

こうした状態があと一ヶ月は続きます。
「出しっぱなしに出来る部屋があるからいいじゃないか!」と友人は言いますが
あまり環境を許すのも自分でちゃんとセーブしないと思わぬアクシデントや
物の紛失や不注意によるケガが発生します。

勝手すぎたり緩めすぎたりしては人間ダメなんですね。


もう少しちゃんとしようっと。


2011_10
05
(Wed)10:07

お詫び

m(_ _)m



2011年秋の花月園運転会は

登録されているメンバーだけで

満席になりましたので一般からの

参加者募集は致しません。



お問い合わせ頂いた方、ご希望にそえず申し訳ありません。

この10年間で一度でも参加された方は専用ML(非公開)に登録され

優先的に開催情報を配信していまして一定期間の募集後に空席がある場合のみ

一般向けに掲示板にて募集しております。

従って次回は必ず空いてるとのお約束も出来ません。


2011_10
03
(Mon)09:42

銀河に戻る

オハネフ12仕上げ

51系客車を進めようと思ったが少し考えねばならん事由があるので一旦中断し
再び急行「銀河」を編成する客車の整備に戻る事にしてボチボチやっている。
画像は近年改良生産されたTOMIXの10系寝台客車のオハネフ12。

編成の端から順に整備してるので先ごろの13号車のスハフ、12号車のスハに
続いて11号車に当たるのがこのオハネフ12になるのである。
実は既にこのオハネフ12は在籍車が2両あるのだが今回の銀河再現には
所有者より車番まで指定されているのでその計画書に準拠する必要があり
代用が利かないのだ。

夏前の新製品発表で155系と言う誰も想像しなかった形式の製品化発表で
プラ製品愛用モデラーの間で話題になったのは記憶に新しい。
今や16番プラ車両では最多の形式を販売するTOMIXのデビュー作で
あるこの10系寝台車が発表になった時のほうが私は驚いたものだ。

「また地味な形式を・・・・」(´ヘ`)

こう思ったのは私だけではあるまい。
確かに昭和50年頃まで全国各地の特急・急行に使用されたので仕立てられる
列車も多いし牽引する機関車も困らないほど多種多様なのでモデル向きとは言える。
加えて時代ごとの各仕様までバリエーションが展開されたので更に幅が広がった。

しかし発売された時には実車が引退して既に20年以上経ってたし、特に流行が
あったわけでもないので「売れるのか?」という心配がまず先に立ったのだ。
大手のメーカーなので開発や製造、販売にこの業界の9割を占めるガレージメーカー
より遥かに投資も規模も大きく期待が持てるのだが、その反面初作でコケると
あっという間に中止し2度と日の目を見なくなってしまう。

心配した通り、やはりメーカーが思うほど売れなかった。
何年も経たないうちに店の特価品として半額程度で処分されている光景を目にした。
売れなかった理由のひとつとして10系寝台車は多くの列車に使用されたものの
必ず他形式と混結されていたので完結させるにはブラス製品が必要になること。
後に発売されたオユ10やスロ62などである程度は補完できるが茶色時代の
ナハネフともなるとロザ(座席グリーン車)もスロ62じゃなくて60・54・51
あたりが欲しいしハザ(普通座席車)はKATOで代用したとしても優等列車に
欠かせない食堂車が無いのが痛かった。

それでも当初心配した販売不振で撤退とならず次作の予告があった時にはホッとした。
鉄道模型自体は初めてではなく既にNゲージで実績があることとメーカーとしての
プライド、それに何より当時の担当者が熱意を持っていたのだろう。(たぶん)
比較としては極端だが例えば自動車で売れ残り処分販売をせねばならんような
車種を出してしまったとすると間違いなく担当者は左遷である。

製品自体は多少のアラがあったが初作としては充分納得できる範囲であった。
10系客車自体、私は全く馴染みがないがプラ製品が少なかった時期なので
少しでも種類があればと飛びついて買ったものだった。
メーカーとしてもデビュー作ということで一目置いているらしく最初の販売から
10年以上後に改良作を出してくるくらいである。

何にせよ、この10系があったからこそ現在のTOMIXがあるのであって
後のヒット作品につながって行く習作となったのは間違いない。
当時この車種を選んだ担当者、その企画を通した上司と生産を了承した会社に・・


英断を拍手したい。



さて、仕上げに戻りますか・・・
後に発売された客車に比べると後付け部品多いんだよねこの10系。

銀河フル編成

ハネフ10両のうち、やっと1両終了。
残り9両なのでベンチレーターだけで約100個・・・・・
ひたすら同じ作業の繰り返しで楽しむ超えて忍耐との闘いになってるし


手つきなんか内職作業になってる。


線路を疾走する姿を夢見て・・・・



2011_10
02
(Sun)08:58

諦めてません

プラ素材

「銀河」用のスハ・スハフが完成したところで昨日発注者の抜き打ち訪問による
出来栄え審査があり無事合格のお墨付きを頂いたので一安心致しました。
完成とは言っても14両編成の内の最後尾の2両だけで残り12両あり
期限は設けられていないものの「早う完成が見たい」と目が語っておりましたが
自分のことも進めにゃならんので一旦休工。

画像は先日「うなぎ模型」に行ったときに見つけてきて購入したもの。
商品名の通り、プラ素材で厚さがプラペーパー並みの0.14mmに幅が0.5mmと
非常に薄くて非常に細いもので色がグレーに着色されています。

これでお値段400円!とプラ素材としては結構高価です。
いくら高くても代わるものが無い以上、頼らざるを得ませんので購入。
それにあくまでも素材なので私の用途ではこのままでは使えないのです。


色入れ

色がグレーですが私が欲しいのは銀色なのでガンダムマーカーを使って色入れします。
素材自体が成型色ではなく塗装されたものなので脱脂の必要がなく色が乗りやすいです。
なぜ判るかと言うと切り口を見れば中央は白いからそれとわかります。

んで、何に使うの?ヽ(`Д´)ノ

このブログを見ていらっしゃる方の中に気づいた方がいるかも知れませんが・・・


ドアレールの再現

以前少し記事にしたエンドウ製51系客車の客用扉ガイドレールの表現です。
今回の素材に行き着くまではいろんな方法を試しましたが上手くいきませんでした。
メッキテープでは0.5mm幅に切り出すのが困難だし真鍮帯では厚すぎる。
何かいい方法はないかと考え、探し続けてようやく答えを見つけたのは
「うなぎ模型」から送られてくる商品入荷情報のメールでその一文にこれがありました。

次回11月の運転会のイベントに「形式51大集合」ってのを企画してまして
この赤い客車もそのものズバリの形式ですので是非出場させるべくこれから突貫工事
に入ります。 どうやってこれを車体に固定するかという問題も残ってますが。


なんとかなるでしょう!


いや、しなければ。( ^ω^)






2011_10
01
(Sat)05:32

昭和50年「銀河」製作

マスキング1

車体の塗装が終わったので屋根の塗装の準備をします。
既に車体と屋根は組立の段階で接着してるのでマスキングが必要になるんですが
難しいのは上から見た場合両脇の雨樋いは車体色なので屋根肩から1mmだけ
マスキングして屋根の色がかからないようにしなければいけません。

やり方は人それぞれだと思いますが私のやり方はまず、屋根肩を完全に覆う
ようにテープを貼り、真横に寝かせたデザインナイフで下地を傷めないように
切り込みを入れてから切った部分の上のテープのみをゆっくりと剥がします。



マスキング2

次にテープの切り口から塗料が侵入しないようにバーニシャを使ってやや強めに
なぞることによって雨樋を完全に保護します。


マスキング3

妻板の屋根Rはしっかりマスキングしないと塗料の吹き込みが起きやすいところです。
テープを貼ったら車体を立てて、屋根の端面をガイドにしてテープを切って行きます。
もちろんマスキングテープを切るデザインナイフは新刃に替えてから作業しないと
テープが捲れ上がったりして失敗しますので必ず交換しましょう。

私もそうですが塗装が苦手という方が結構多く模型工作の最大の関門になってます。
どんなに綺麗に苦労して組み立ても肝心の塗装が上手くいかなければ台無しです。
やり直しの利く場合もありますがモチベーションの低下は避けられません。
失敗したが為に放置プレイになる場合もあり正に模型工作において塗装失敗は

敗北を意味しかねません。((((;゚Д゚))))


腕よりも何よりも、とかく少しでも慎重に進めることが勝利の鍵をにぎりますので
ヘボモデラーの私でさえ一切の雑念を払って時には携帯の電源切って集中しています。
時々いるんだな、そういうタイミングに限って電話してくる奴が。^^;



塗装場所

塗装は工作部屋から寝室を挟んで2階のベランダがいつもの場所。
対象物によってはもっと大きなダンボールで塗料の飛散を防止します。
家の隣に大きな桜の木が立っており季節によっては戻ってみると葉っぱが付いてたり。



ベンチレータ仕上げ

塗料が乾く待ち時間を利用してベンチレーターの仕上げをします。
古い金型なので,ランナー口だけでなく角全体を軽くヤスリでなぞってやります。
目には見えにくいほどの薄く小さなバリが取れてシャープになりますよ。
その昔、プロのプラモデラーが製作のコツをこう説いたことがあります。

1つの部品には必ずひと手間!

説明書には無いが必ず部品の段階でやれることはやっておこうとの意味だと。
とにかく塗装してしまったら戻れない工程がありますので注意しましょう。



スハフ竣工

塗装の後、インレタとシールを貼り付けて追加工作に屋根をタミヤの
ウェザリングマスターで少々汚してツヤ消しトップコートを吹きます。
乾燥後に窓ガラスの貼り付けと幌などの小物部品を装着していきます。

テールライトは枠はそのままでレンズは天賞堂製、KDはキットの取付位置が
基準より低いのでナックル部が高めにセットされた47番を使用しましたが
今度はちょっと高すぎましたので0.5mmのワッシャを挟んで調整してます。
台車は当初KATOを履きましたがカプラーポケットと干渉するので
オリジナルに戻しました。

隣にKATOのスハ43を置いて出来栄えを検証してみましたがなんとか
自分的には既製品と並べても違和感のないレベルで出来たと思います。
小さな失敗もありアラ隠しもしてますので65点!ってところでしょうか?

この車両のように人に頼まれるとそこそこのレベルで作れるし時間も掛からないのに
何故自分の分だとつまらないミスしたり飽きちゃったりして放置するんだろ?

どうしてかな?



誰か教えて!! (´ヘ`;)



さて残りのスハもやらなきゃ・・・