FC2ブログ
2011_04
30
(Sat)10:04

低予算再生シリーズ マニ60編

台車付けた

同時進行のマニ37は不足部品の購入をしなければならないのと、一定の目途が
付いたので同じくヒルマ製のマニ60を数年ぶりに進めることにする。
画像はジャンク品で買ったナカムラ製のプラ台車を履かせてみたところ。

実は16番鉄道模型界の標準台車でもある日光の台車も部品ストックにあるのだが
近年製のは軸受けメタルが標準となり転がりはいいけどブレーキシュウも別付で
面倒くさいし、これにスポーク車輪付ければ2000円オーバーと高価で
とてもじゃないがこの低予算シリーズには不向きなのである。
品質が上がるのはいいが出来れば従来品も残しておいて欲しいと願う。

聞いてる?近藤さん!近藤さんって誰だよ? ^^
(わかるひとだけ笑ってね)

んま、台車に限らずパンタグラフなんかもそうだけどね。
トレーラーの別パーツ購入で30年前はKDカプラーが一番高かったなんて話を
今の若いモデラーに話しても信じてもらえんだろうな・・・。
物によっては車体キットの価格より揃えなければならない最低限のパーツだけで
それ以上の出費が必要なんて、やはり考え直さなければいけないのではないか?

キットが売れなくなったと悩む前に!

商売として難しい世界なのは解るが売り手市場が長引けば衰退が加速するのは
過去のどんな商売見ても避けられない流れだと思うのだが。


揃わない車高

さてナカムラ製の台車、ボルスタのピン穴径は同じなのでビス類はそのまま使える。
床板とはマニ37と同じく日光モデルの「金属床板用センターピン」を使ってみたが
ナカムラ製の台車はボルスタ受けの形状が金属製の台車とは大きく異なるので
画像のように1~1.5mm程車体が低くなってしまう。

対策としては台車とボルスタ受けの間に低くなった分だけワッシャを挟めばいいが
今度はセンターピンのネジ部分の高さが不足してナットが締まらない事態に・・・。
このセンターピンは鉄道模型界独特のもので、しかも共通サイズと思われるので
代替&対応のできる部品は無い。

んじゃ発想転換して床板ごとナカムラ製に変えれば使えるんじゃないかと試したが
これもプラとアクリルの僅かな厚さの違いがあり、今更アングル位置が変えられないので
よほど大幅な加工をしないと無理と判断。

「素直に指定部品で作ったら?」

そんな声がどこからともなく聞こえて来そうだ。
財布のお金の節約もいいが時間が掛かり過ぎては「人生コスト」の無駄が発生する。
時間を金で買うのは限界があるし、そもそも貧乏人には無理なこと。


どちらにせよ「自身のスタンダード」を考え直す必要があるな俺。^^;


スポンサーサイト



2011_04
29
(Fri)18:01

夏の花月園運転会参加者募集

かげつえん


震災の影響を考慮し延期していた運転会を6月に実施します。
当初の予定の参加者より一部キャンセルがありましたので追加募集です。



          夏の花月園運転会詳細

日時        平成23年6月18日(土)~19日(日)
           *17日からの前夜祭もあります。


場所・集合     伊豆修善寺花月園 現地集合解散


参加費       13000~14000円予定 (1泊2日の場合)

          *参加費には宿泊費・夕食代・名簿代・飲料・つまみ・駐車場代含む
            参加の形態により若干異なります。

参加資格      18歳以上で16番鉄道模型を愛好する方
            18歳未満も保護者がいれば参加できます。


募集人員      17日~18日 3名
            18日~19日 3名

            *2泊でのお申し込みもできます。

      
申し込み期限    平成23年5月15日午後9時まで          
          
            *満席になれば期限前に締切ます。

申し込み方法    幹事DM c6217@mx1.tees.ne.jp 
            「参加希望」と題名しお名前・電話・参加日時を
            明記の上、送信してください。


            *受付完了後「花月園メーリングリスト」の登録案内を
              送信しますので手順に沿って登録をお願いします。



           皆様の参加をお待ちしております。

2011_04
26
(Tue)19:29

罠と誤算 (第二幕)

床板ベース

ナカムラ製のダイキャストを使うのをあきらめたのは普通車用の設計では
荷室扉部分が大きく後退するため床下機器のベースが干渉する為だった。
そんなことはつい忘れてエコー製を組み立ててる途中で思いだしあわてて
取り付け板をあてがってみた。

やっぱり入らない。orz

でも厚いダイキャストと違って0.5t程度の真鍮板なら削れるだろうと
再びドレメルを取り出し削ってみたが、やわらかい真鍮は砥石の目を埋めるだけで
ほとんど思うように削れないことが分かった。

で、こうなりゃ乗りかけた船じゃとばかり勢い任せで


複製

地味に1 . 2mmのプラ板でベースを作り直し・・・
穴位置は同じだがもちろん荷扉の裏打ちとの干渉を避けるために2mm程幅を狭くして・・

床に付けて


高さを見る


なんとかなりそうなところまで来た。 ^^;


組立工作始める前にしっかり仮組し、

後の工程をちゃんと検証しておかないと

こんな風に意味もなく遠回りする羽目に

なりますので注意しましょう。^^




俺だけですか? 

そうですか・・


orz



2011_04
24
(Sun)17:58

罠と誤算 (第一幕)

機器裏

エコー製を始め、客車用の床下機器は裏から見るとほとんどが空洞になっている。
これはトレーラーとしてあまり重くならないようにとの配慮だが実物は箱なので
覗いてみたときにやっぱり不自然に感じるので空洞に蓋をして箱にする。

かつてGM(グリーンマックス)のNゲージキットの床下がホワイトメタルの
無垢からプラスティックに変わった時に型抜きの都合上、同じような形状になった。
この時によく見られた工作記事にある手法で板状のプラ板を貼り付けるのだ。

とは言ってもあいにく薄いプラ板のストックが無い。
1mm厚では厚すぎて機器の形状がおかしくなるのでここは0.3~0.4mm位に
したいけど無いものは無いので代用品をと探して使ってみたのがなんと紙。

実はこれペーパー車体を作る時に適した厚さなの紙なので車体が作れるなら
蓋ぐらいどってこと無いだろ?と採用を決めたのだ。
サーフェサー吹いて塗装すれば元の材質なんてわかりゃしない。^^
不安も無いわけでは無いが完成してしまえば滅多に触るとこでもないだろう。

さてとこれで床下は仕上げに入れるかなと思った時にある疑惑が浮上した。
そもそもなんで当初のナカムラ製を止めてエコー製にしたのかだ!
不安は的中することになる。


さてここで問題です。

的中してしまった懸念とは一体なんでしょうか?



次号、衝撃の結末! ( ̄□ ̄;)!! 



ヒント・・・以外にも歯が立ちませんでした。^^;





2011_04
23
(Sat)18:23

悩みどころ

床下組立

ようやく組み立てに入ったマニの床下である。
説明書に従ってバラバラのパーツをまず並べてみて当初使用予定だったナカムラ製の
一体型と比較してみると、どちらも一般型の汎用品とあって配列は全く一緒。

さすがにエコー製の方は機器を一個一個鋳造してるので精密感があるし
あらゆる個体に対応させるために自由度が高い設計になっていることがわかる。
そりゃ時代が違うとはいえ、機器のパーツセットと床板だけで1450円。
ナカムラ製は1両に必要なものがすべて入って1990円なのでその差は大きい。

更にロストパーツに交換したりパイピングを追加すれば見栄えはよくなるが
さすがにコストをこれ以上かけれないし連結する他の車とのバランスを考えれば
この程度で充分かなとは思うがセットなんだからブレーキテコくらいは標準に
して欲しかったかな? 別売りでまた500円なんて買う気がしないな。

さて並べ終えて問題無さそうなので接着に入ろうと思って準備開始。
この手は本当は2液混合のエポキシ系の接着剤がベストなんだろうけど
作業時間が限られたりしてどうも使い勝手が悪くて嫌いなんでゴムボンド系で茶を濁す。
そしていざ接着を手掛けようとした時・・・・何かが私を呼び止めた。

「それ、本当に間違ってないか?」
と本棚のある方から気配がする。

念のため荷物列車好きのバイブルである「郵便・荷物車の世界」の本を取り出し
床下に関する記述を探し出して読んでみると・・・・

「荷物車に改造された際に水タンクは撤去してます。」とある。

考えてみれば洗面所やトイレが残されるとはいえ、客用のこんな大きな水タンクなんて
いらないはずで理にかなってるが一方で小型の360ℓに交換されてますとある。
その荷物車用の小型タンクという部品がないし第一どこに付いてるのか手持ちの資料では
わからないのでとりあえず大型タンクを取り外すに留めた。



荷物車用床下

で、取り外してみた結果が・・・・

なんか激しく物足りない。 (´・ヘ・` *)

気づかなければ気にならないが一度気になるとそのままじゃいられない。
やっぱりブレーキテコや配管を追加しようか悩むところだ。
編成になって走っちゃえば二度と気にしないだろうけど単体で一部だけ
凝視すると不満になる。

まぁ、ここで腹を決めないと泥沼にハマって仕掛を増やすだけの結果になるのは
見えているのだが何度経験してもあきらめどころが悪い私である。
過ちとわかってて繰り返してしまう愚かさは一生治らないかもな。 ^^;



さてどうしますかねぇ?






2011_04
22
(Fri)09:27

花が散る

貴方に初めて会ったのは今から33年前の事。
そこへ向かうために初めて降りた駅で右も左もわからず周囲も暗くなり始める
時間で心細かったけど、なんとか道行く人に尋ねてバスに乗りました。
確か小雨が降っていた事を昨日の事みたいに思い出しています。

着いた先は名古屋市港区国際展示場というところ。
僕の手には1枚のチケットがある。
本当は僕が来れるはずじゃなくて用事で来れなくなった知人から
譲ってもらったものだ・・・・そのチケットにはこう書いてある。

「ありがとうカーニバル」

時は1978年3月21日、解散まであと14日の名古屋公演である。
生まれて初めてのコンサートが人気絶頂期に解散したキャンデーズだったのだ。
中央前席4列目、どうやって入手したかわからないが超特等席でステージから3mも無い。
当日までは特別にファンだったというわけではないが「8時だよ!全員集合」は見てたので
彼女達のことはよく知っていた、りゅーでん15歳の春。

予定通り彼女たちは解散してしまったが多くの名曲は残った。
30年以上経った今も時々だがクルマの中で聞くことがある。
そして聞くたびにあの頃を思い出している。



既報の通り、3人娘の一人で後に女優としても活躍した田中好子さんが昨夜亡くなった。
夜勤の休憩中何気なく携帯でニュースを見たときにこの訃報を知った。


もうね、激しくショックだった。 orz

20年近い闘病を知らなかったことも悲しみを増加させた。
歳を重ねても変わらない輝きの笑顔の裏にあった重い真実。
まだ現実を受け入れられない・・・。


さようなら 「ちょっぴりセンチなスー」

さようなら 我が青春のキャンデーズ





号泣 。゚(゚´Д`゚)゚。


2011_04
20
(Wed)10:08

啓蟄

だんごむし

職場での休憩中、足元で見つけた私が触ることのできる数少ない虫。
こいつを見つけるたびに頭の中で唄ってしまうんだな。


らん、らんらららんらんらん

らん、らんらららん



決して声には出せないんですな。

人に見られたらおびょーきと思われるから。


2011_04
17
(Sun)16:03

目覚める羊

市電でお出かけ

さて本日バイクの納車の日。
購入した販売店までは自宅から5km程あるので妻に車で送ってもらうつもり
だったのが運悪く病院の当番に当たったので日曜出勤になってしまった。
仕方ないので市電に乗って終点まで行きそこから歩くことにした。

歩き始めて40分くらいで目的のバイク屋へ到着し残りの手続きをした後、
ピカピカのバイクに跨って自宅に向かって走り始めた。
いくら元プロライダーで原付だからって16年ぶりに乗るのは緊張する。
それでもしばらく走ると少しずつ昔日の感触が蘇ってくるのがわかるのと
長年抑え込まれていた感情がなんていうか・・・

じわじわ来るんだな。 (´v`)

自宅に着いた後も湧き上がる感情に抑えが利かず20分もしないうちに
再びバイクに跨って走り出す・・・バイクに乗ったら行くところがあるでしょ!

バイクと言ったらまずは・・・

バイクと海


海に決まってるでしょ! ^^


それと・・・

うなぎ屋さん

鉄道模型屋さんですよねやっぱり。      そうなのか(^^?)

我が家から「うなぎ模型」までは距離にして約40km、原付なら1時間ちょっとと
試運転にはちょうど良いと部品調達を兼ねて行って参りました。
実は16年前に最後のバイクを処分してから「うなぎ屋」さんに通うようになった為、
バイクで行くのは初めてなのである。

お店自体は繁華街の近くにあるので車で行くと有料駐車場を利用せざるを得ないが
ここは「バイクの町浜松」なので2輪車には寛大で新幹線高架下で雨にも濡れない
バイク専用の駐輪場が無料で使用できるのだ。
さすがに高価な車両を買うときはバイクだと不安もあるけど部品なら問題ない。


エコーの部品

で、購入したのは画像右の客車床下機器の取り付けベース。
左は先日、マニ37の記事での件で関東のI氏から譲って頂いた床下部品。
これに使うために買いに行かねばと思っていた物。


無事に入手できて工作への下準備は出来たものの、大きな問題点が発覚した。
ライダーへの復帰を夢に描いていたものの具体策が無く悶々としてきた感情が
実際にバイクに乗って風を受けたらもう我慢できなくなってきたのだ。

かあちゃんゴメン・・俺はもしかしたら・・・

パンドラの箱を開けてしまったのかも知れない。


2011_04
16
(Sat)08:31

明日納車

とうとうバイクを買ってしまった!それもバリバリの新車だ。
16年ぶりにライダーに復活し、おぢさんは風になるのだ!!

と、本当は言いたいのだけれど。 ^^;

バイクを買ったのは事実だが実は私のではない。
この春に無事に地元の技術大学に合格した長男の為に用意したものだ。
地元の大学といっても自宅から6km程あり、交通不便な丘の上にあるので
合格祝いもかねて原付バイクを通学用に買ってやったのだ。

で、明日はめでたく納車なのだが現在はまだ自動車学校の生徒であって
免許がない長男は乗って帰ることができない。
そこで私が受け取りに行くのだが乗って帰る以上ヘルメットが必要だ。
長男用のヘルメットも買ったのだが頭の大きさが二回り違うので
私はそれを使えない。

大きなバイクは結婚と同時に降りた私だが原付はその後2~3年乗ってたし
思い出の記念としてヘルメットだけは階段下の収納に仕舞っておいたのだ。
今回、16年ぶりにそれを使うことになったのである。

ヘルメット1

さすがに長年眠りについてただけあって埃まみれで一部はカビに侵されていたが
内装を洗剤で洗いなんとか臭いも取れたし金具も無事なので使えそうだ。
明日一回使えば再び永い眠りに付くことになるだろうし私が本当に復活した時に
このヘルメットを使うことはないだろう。

一応元プロライダーとして言わさせて頂くとヘルメットには使用期限があって
まったくぶつけたり落としたり転んだりしなくても4~5年が限界と見ていい。
最初に内装がヘタってくるのでしっかり固定できなくなるし素材であるABS樹脂や
カーボンやポリカーボネイトなどは紫外線や雨などでも劣化が進む。
これらは目に見えないだけにあまり古いヘルメットは注意が必要だ。

納車の為だけにメットを買うわけにはいかないので今回は特別だ。


ヘルメット2

階段下収納からもう一つ出てきたヘルメット。
実はこれ、なんであるのか記憶が全くない謎のヘルメット。
妻も結婚前に原付に乗っていたが嫁入りに持ってきてないし私だって買うはずがない。
他の家人は免許がないので関係ないし・・・もしかして・・・・

ヤ●ルトおばさんが忘れてったのか?


なわきゃないよな。^^A

2011_04
13
(Wed)20:41

生誕祭

kurumi8


本日4月13日は私りゅーでんの48歳の誕生日であります。
さっそく朝起きてすぐ台所にいる妻にジェスチャーでそれを伝えるが
なかなか判ってもらえない・・・・口で言えばいいんだけど。

やっぱ気づいてもらいたいじゃん。 (^^)/

昨年のこの日も最後まで気づいてもらえず昼過ぎになってメールで
ようやく気付いたと返事する始末。  つうか・・
ジェスチャーで誕生日伝える夫って妻から見たらどうよ?

朝っぱらから何クネクネ踊ってんだこの馬鹿?

とか思われてたりしてな。 ^^;




それはいいとして延期していた運転会の日程も決まったし
そろそろ鉄模ネタにもどらなければな。
もう一か月もご無沙汰だし。






2011_04
11
(Mon)20:00

お花見

お花見

震災の影響で花見や花火などのイベント自粛が問われているが、あまり度が過ぎた
報道もどうかと思うし長期の停滞は経済を更に悪化しかねないじゃないんか?
というわけで今年も馴染みの居酒屋のお花見パーティに行ってきました。

公園などの名所の花見もいいが、大抵は周囲の迷惑も考えずに騒ぐバカがいるし
カラオケ持ち込んで爆音で唄っている救いようのない輩を見るくらいならと
ここ何年もそういう場所へ行かなくなっている。

集まったのは常連さんばかり約30人。
年に一度のこの日だけお昼から開店して夕方まで酒を飲んで語り合う。
この店には普段からカラオケなんて無いし集まるお客さんも30歳以上の落ち着いた
方が多いので大きな笑い声くらいはあるけど酔いに任せて暴れるような若人はいない。

で、どこが花見? ^^?


実はこの店の裏側が住宅2軒分くらいの小さな公園でして立派な桜が5~6本あり
トイレに行くついでに店の裏戸から公園に出て花を見てくるのがここの楽しみ方。
住宅街のど真ん中にある公園なので御座敷いて花見に来るような人はいないし
まるでこの店のこの会の為にだけ存在しているかのような桜は満開であった。

夕方3時半にはお開きとなり帰宅したがすっかり酔いが回って寝室へ直行。
起きたのは夕食も過ぎた8時半で風呂に入った後、再びダウン・・・
どうして昼酒ってこんなに効くんでしょうか。^^;

幸せなんだけど後で頭が痛くなるんだな。

最近は酒量のセーブが上手くいかないんだな俺。

帰る途中の記憶が一部無かったりするんだな。

家から5分の距離なんだけどな。


2011_04
10
(Sun)07:50

交渉術

新しいPC

ようやく新しいパソコンを昨日買ってきて現在環境構築中。
検討し始めた当初から候補に入っていた機種だが、なかなか決心が付かなかった。
キーボードとネズミが無線なのが気に入らないと書いていたが最大の敵は価格だ。

一か月前は20万を僅かに切る程度だったが、来月の夏モデル発売を前に今月に入って
値が落ち始めたようなので先週あたりから各販売店を回ったりやネットでの検索を
してチャンスを狙っていたのだが、なぜか山はなかなか動かない。

ならばこちらから攻撃するのみ ^^b

まずは家から一番近い大型量販店 「E」。
ここでの店頭表示価格は189,800円と定価からは4万安いが予算からはオーバー。
さっそく交渉するとカード会員なので1万円は引いてあげると言われたが当然不満。

次に向かったのが安売り世界一を目指すという量販店 「K」。
言うだけあって表示価格は179,800円と「E」よりは安いが世界一を豪語する
ならもう一声!と交渉すると1万円下がったけれどここは慎重に一度店を出る。

最後は某関西球団のスポンサーでもあるし模型も売っている 「J」。
店内に入り探してみたのだが欲しい23インチは展示がなく値段聞くどころじゃない。
人気モデルなんだから展示機まで切らすなよ・・・。

よって論外!
 

最後にもう一度「E」に行って交渉し、更に1万円値引きを提示されたので一瞬ニヤ付き
そうになったがここは手の内を見せてはならぬと奥歯をぐっと噛む。
結局、この日は帰宅してネット通販のページを彷徨っていました。

翌朝、「E」の店が隣市にもあることを思い出したので期待半分で出かける。
ここでの表示価格はなんと169,800円! 同じチェーン店でも値段が違う!
さっそく店員に声をかけて、ここが決め時と勝負を掛けることに決めた。

「これってもう少し安くなりません?」

「処分価格に下げたばかりですので・・・」

「16万円ピッタリまで勉強してくれたら今買うよ。」

店員が返事する前にここでとどめを刺す!

「この色が欲しいから在庫見てきて!」


5分後に汗かきながら戻ってきた店員は「その値段でいいですよ」。

と交渉は僅か10分で終了、めでたくお買い上げとなった。
まだ余力はあるかも知れないけれどあちらも人間、嫌な客と思われてまで
買いたくないので引く時は綺麗さっぱり引き下がって満足顔でお金を払う。

こちらの要求に嫌な顔一つせず紳士的な対応と無理強いもしない爽やかな
笑顔が気に入ってこの店員さんから買うと決めたといっても過言じゃない。
商売だから当然だろ?との見方もあるが接客がわかってない店員も多いのだ。

最後は人間で決める!

100円の大根でも200万の車でも買い物の基本は同じ。
店を出るときは気持ちよく! ですな。^^


2011_04
08
(Fri)14:13

回帰熱

SUZUKI VL125

唐突ですがこのバイク何ccだと思いますか?

実は昨年あたりから20年ぶりにライダーに戻ろうと画策してるのですが
なかなか事情が許してくれずお預けになっているものの復帰する時の相棒として
画像のバイクがいいなあと探しててこれがなかなか見つからない。

見つからない理由は解かっていて純国産なんだけど輸出専用車で日本では未発売。
おまけに数年前に製造終了していて逆輸入でも新車はまず無理だし正規輸入出来ないので
国内で普通に購入できる同クラスのバイクより5割以上割高になってしまう。

で、冒頭の答えですけど実はこれ125ccなんです。
つまり日本の法規では原付2種に属し高速道路は乗れないけれど二人乗りは出来るし
一般道を走るには充分な性能を持ってておまけに任意保険は格安なのだ。

そりゃ大きいバイクもいいけれど現役時代にイヤと言うほど命懸けで飛ばしまくった
ので(仕事とは言え、今思えばよく死ななかったなと思う^^;)、もうスピードに未練はないし
メタボおやぢが週末近場へトコトコ走るくらいなのでこれ位でちょうどいいと思ってる。

ただ見つかっても日本での価格が50万円以上と購入できる望みは薄い。
新車は無理として中古でも30万は下らないだろうし。

でも、もし目の前で見ることがあったら鉄模売ってでも買うかもな。^^


おじさんもう一度燃えたいんだな。


2011_04
01
(Fri)18:55

旅立

荷物1

明日の朝、我が家の次男坊が巣立つことになった。
大学への進学の為、福井県に一人引っ越すからだ。

この後順調に大学 → 大学院 → 就職となれば「帰省」という形以外で
我が家に寝泊りする事は無くなるだろう。

子供が3人揃ってから続いてきた一家6人の生活は今日で終わりを告げる。
思えば私が子供の頃は今と同じ6人家族だった。

祖父母、両親、姉と私の6人だったが僅か10年続いただけだった。
最初に父が病死、その3年後に祖父が続いて更に学校を出た姉は京都に住まいを移す。
そして祖母は寝たきりになり施設に移った後、母と二人きりになった。

家族は二人では輪にならない事を知る。

10数年経って現在の妻を嫁に迎え3人に、翌年双子が産まれ5人に更に2年後に
三男坊が生まれて再び現在の6人家族になった。 それも今夜が最後。

「・・・・・・・・・・・・」


次に家族が増えるのは3人の息子のいずれかでも嫁を貰って同居してくれればの事。
何年先になるのか? 実現するのだろうか?


俺は孫の顔を見れるのだろうか・・・


人生って奴は・・・


ちょっといつもより深い夜。