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2011_02
27
(Sun)08:33

モデラーの聖地へ

近年の鉄道ブームのおかげか各種の鉄道イベントが開催されている。
模型においても商業施設でのショウやメーカーや有志による運転会など
現在では数え切れないくらい存在し盛況な様子がメディアで紹介されている。
しかし残念なのはその8割以上が大都市圏での開催なのである。

貧乏で田舎者の私には敷居が高い。

我が家は東京と大阪のほぼ中間地点に存在するのでどちらの都市に行くのも
日帰りでも交通費、外食代などを入れれば2万円は掛かってしまう。
つまり一回行くだけで月のお小遣いの7割が消えてしまうので後の生活を
考えるとどうしても躊躇してしまうのだ。

比較的近い名古屋圏でもイベントはいくつかあるので都合が付く限りは
行くようにしてるがやはり2大都市圏のそれと比べると参加メーカーや
規模の点で劣ってしまうのは明らかである。

そんななかで心強いのがお隣りの静岡県!!

私が主催する花月園が伊豆にあるのももちろんだが
鉄道専業ではないが多くの模型メーカーが存在するおかげで世界屈指の
総合模型ショーである「静岡ホビーショー」を始め同時期に開催される
日本最大の東西合同の運転会「トレインフェスタ」も数年前から始まった。

しかも特筆なのが地方自治体や地元企業の協賛で全て無料!ということ。
百貨店のワンフロア半分程度の開催で1000円近い入場料を取る名古屋とは大きく違う。
大体が百貨店に入るのに入場料が必要って何考えてんだオメエら!!
出展者からも金とって入場者からも金とって・・いくら江戸武将の生まれた町だからって

殿様商売にも程があるぞ!ヾ(`◇´)ノ



まあ、それは置いといて。
昨年からもうひとつ静岡県にて嬉しいイベントが始まった。
半世紀前に東海道線の特急電車「こだま号」の上下列車がこの地ですれ違った
ことで我が家からも近い浜松市での開催となったその名もズバリ、

                  「こだま運転会」


昨年の様子
                 画像は昨年の開催の様子です。


関東地域で開かれる「関東合運」、その関西版の「関西合運」と言うのは以前からあったが
一昨年に関東の老舗クラブの会長と有志により東西の親睦のために新たに始まったのだ。
鉄道模型に興味の無い方もこのブログに訪れるので説明させてもらうと鉄道模型の世界には
多くの私設クラブが存在し普段はそれぞれ個別に活動しているのだが狭い世界ゆえ
横のつながりも深い人も多く「たまには一緒にやろうよ」で始まったクラブの垣根を越えて
開催される模型運転会なのである。

各クラブの都合や会場の都合もあって関東関西それぞれ3~4クラブの参加とは言え、
日本の一流モデラーが集まりその作品をお目にかかれ、実際にお話出来るという夢の企画。
昨年参加した時は一般公開と違って混み合う事も無くゆったりしていることもあってか皆さん
親切で誌面でしか見たこと無い作品や作者さんにいっぱいお会い出来ました。

この「こだま運転会」、今年も来週末に開催されますので私も参加してきますが
通常では一般には非公開でクラブ員しか参加できません。が、そこは蛇の道はヘビ。
花月園のメンバーの中にクラブ員が何名かいらっしゃるおかげでゲストとして参加資格を
得る事が出来ました。(もちろん運営費の補助として参加費が必要ですが)

全国から100人?近い参加者が集まるこの運転会、主催される側のご苦労は規模は
はるかに及ばないものの長年運転会主催を経験している私にもよくわかります。
そんな鉄道模型の発展と仲間の親睦に尽力される方々に敬意を表しつつ
思いっきり楽しんで来ようと思います。


わーい!



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2011_02
26
(Sat)13:56

恒例の春の伊豆での運転会

kagetuen


   2011春 花月園参加者募集のお知らせ
     

         事情により開催延期になりました。                                    


2011_02
20
(Sun)16:03

衝撃の出会いから35年

初めて見たのは新幹線の窓からだった。
時は昭和50年頃の米原駅、新幹線の高架横にある米原機関区。
転車台の脇の線路にそいつらは6両がほぼ並んで留置されていた。
既に車体には錆が目立ち、この時点でもう使われていないとわかった。
後の調べで廃車前提の第2種休車だったらしい。

生きた姿には残念ながら間に合わなかった。

最初に会ったのが朽ちる寸前の姿だとは当時小学生だった私にはショックだった。
それからも米原を通るたびに気にして見ていたのだが高校の修学旅行で通った時は
もうその姿は永遠に消えていた。

DD50茶色


国鉄ディーゼル黎明期の機関車であるDD50型。
ディーゼル機関をそのまま動力に使うのではなく発電機を回して電気を
作り車軸のモーターを駆動させるいわゆる電気式ディーゼル機関車。
現在でこそ世界的に主流になった方式だけど半世紀以上前の日本では
まだまだ実用充分な機関とは言えなかったが改良を加えながら
20年に渡って使用され後のDF50やDF200の機関車の礎となった。


で、16番の模型であるが古くはアスカ模型(廃業)、珊瑚からはキット
そして92年になって画像のカツミ製が登場するが以後の18年間は
どういうわけか、どこのメーカーからも全く製品化されていない。
殆どの機関車を製品化してる天賞堂を始め、試作機を得意とするモアや
今や高級機の代表である武蔵野ですら手をつけようとしない。

何故かと言えば恐らく売れないから

現にこのカツミ製でも発売から20年近く経っているのに今でも
在庫している店があり欲しければ新品が購入できるのだ。
元々実車が6両と少数派であり活躍場所も限られていたせいで
全国的に売れる商品じゃないとわかっているだろうから大した数は作ってない
はずだが(推定200両くらい?)その予想よりも遥かに需要が少なかった。

そして売れなかった原因のもうひとつが値段が高かった事。
カツミとしては大変な意欲作で当時の最新機構であるMPギヤの採用、
車体はフルディティールと申し分ないがその分値段が上がり1両89000円!
しかも実車は2両1組の運用が原則だから模型でも2両必要になるので
178000円という鬼値段に指をくわえる方も多かったのだろう。

天のC62だって125000円の時代である。

私も欲しかった一人だが結婚直後の時期でお金も無かったのであきらめました。
どのメーカーの、どの機関車よりも高かったので仕方がありませんでした。
その後想い続けて10数年、4年前に縁あってようやく手元に来たのです。

今回なぜこのDD50を取り上げたかといいますと東京の友人から譲って
頂いたのですが、わけあって一旦東京に戻る事になりました。
その下りは次回にて・・・・









2011_02
14
(Mon)22:09

バレンタインとやらの思ひ出

チョコとキハ

前職の時は女性ばかりの職場だったのでこの日は大変でした。
自部署だけで10~15個、関連部署を入れると全部で40個以上になったことも。

甘い物は好きなんですがさすがに食べきれる量ではないので社外でこっそり
男性だけの部署の後輩や友人に分けてあげてましたけどそれで終わりじゃないんですね。
ホワイトデーとやらで貰った分のお返しをせねばならんのです。
最低でも500円程度のお返しですから毎年2万円前後の費用がかかりました。

現在の会社での部署は野郎ばかりなのでその心配はないのですが1つも無いのも
結構さみしいですねえ・・・・と勝手な事を言ってみる。^^;


画像は妻からのバレンタイン。
付き合い始めて今日までの24年間一度も欠かさず贈ってくれます。


若い娘からも欲しい!


なんて贅沢言っちゃあいけないんでよね。^^

心の中で思うことだけにしておきます。(爆)






2011_02
10
(Thu)20:14

持病

投薬

先週から断続的に続く頭痛と倦怠感。
昨夜の夜勤出勤で会社の駐車場までたどり着いたはいいが途中から
悪くなった症状が到着した途端にピークを迎え車から降りられなかった。
結局1時間ほど車の中で横になって休憩しそのまま帰宅。

もともと偏頭痛の持病持ちだが、ここ半年ばかり一度発症すると
症状が重い事が多く先月も2日仕事を休んでいる。
だからと言って病院にも行かず勝手に持病のせいだと思い込んでいると
他にあるかもしれない原因を見落としかねない。

そういうわけで今朝は病院で診断を仰ぐ事にした。
血液検査とCT撮影をして医師からあらゆる可能性を示唆されクスリを処方された。
脳内の腫瘍とか脳梗塞の傾向は無かったが簡易検査に過ぎないのでクスリが
効かないようならばと、後日専門病院でMRIを勧められて帰宅。
帰ってからもトイレなどの必要な動作以外は全く動かず・・・

とかく寝てるしかない対処療法。

夕方になって少しマシになってきたので起き上がって夕食。
食事が出来るだけ昨夜よりは改善しているようだが単に痛み止めが効いてるだけで
根源は治癒してるとは思えないので今夜も出勤は自粛。

ボヤ~とした頭で仕事なんかできまへん!


とかくこの偏頭痛という病気、有効な治療法が無く発症したらクスリを飲むの繰り返しで
完治することはほとんど無いそうですので今後も付き合っていかねばなりません。
一番困るのは過度の我慢は禁物なのでその幾度仕事が出来ない事になります。
こうなると事情も苦痛も知らない人からたびたび冷たい目を向けられるんですよね。

「あいつは突発で休むから困る!」とか言い出す上司とか。

馬鹿野郎!

頭痛が来るのが事前にわかったら

こっちだってちゃんと対処するわ!

出来ないから苦しんでるだよ!


と、喉元まで来るんですけどね。
その時は既に大声出せないほど重症だから無理なんですね。


痛みより辛いのは他人に理解されない事だと偏頭痛になって初めて知りました。



2011_02
06
(Sun)06:00

青春の残像

ギター

画像のギターは東海楽器製のCAT'S EYES TCE-35 ドレッドノートです。
ギターをやってたのは16歳から26歳頃までの事で何本か所有したうちの1本で
現在でも手元に残している唯一の楽器です。

実は高校生の頃は鉄道趣味をほとんどやらず音楽に熱中してましてギターの他にも
YAMAHA製のドラムやムーグのシンセサイザーまで持ってました。
当然、オーディオにも凝ってましてdbxシステムやオープンリールまで
高校生の分際で1部屋占領して置いていた事もあったくらいです。

お前、貧乏母子家庭じゃなかったけ?

そのとおりなんですが^^ 母子家庭という理由もあって学校からも特例でバイトを
認めてもらっており毎週土日、長期休みは1日も休まず働いてましたからお小遣いに
不自由する事はありませんでした。

仕事上の事故で指先を欠損(といっても先端2mmくらいだが)して以来、ギターに
触れなくなり90年代以降の音楽に馴染めない事もあって遠ざかって早20年。
他の楽器と同様にこのギターも一時は処分を考えたのですが・・・・・。

染み込んだ思い出は売りに出せませんでした。


最近になって仕舞いっぱなしだった物置から取り出して部屋に置いています。
22歳の頃、楽器店のオヤジに勧められるままに買ったこのギターですが
調べてみると大変レアなモデルだという事がわかりました。

当時の価格は35000円とギターとしては決して高価な部類じゃないんですが
メーカーの工場移転の過度期に作られた為、値段の割りに高級な素材が使われており
なおかつ生産数が非常に少ないらしいのです。

詳しくはコチラに → http://blog.livedoor.jp/guitar_labo/archives/51061374.html


しかしせっかくの名器も20年の放置によって金具は粉を吹き弦は錆びてて
悲しい姿をしているのを見ると無理やり思い出を封じ込めてしまったようで
すこしばかし心が痛みます。



ヒマを見つけて手入れしてやろうと思います。

弦も新しいの買ってきて張り替えてやろうかな?

できれば昔を思い出して弾いてみようかな?

昔は自己流だけだったけど今度はギター教室でも行ってみようか・・・。


夢中だったあの頃に戻りたいな。



2011_02
05
(Sat)12:09

管理人代理より

くるみちゃんの今朝
2011_02
03
(Thu)21:37

節分

恵方巻

今夜の夕食である。
恵方巻一本と発泡酒のみ! (実は吸い物もありました。)^^

近年になってマスコミで全国的に浸透した節分に食べる恵方巻。
我が家では世間に広まる少し前に妻の嫁入りと共にやってきた西国の慣習。
現在でこそ近所のスーパーで売ってるが20年ほど前までこの地方では
ほとんど知られていなかったし当然売ってもなかった。

画像の物で標準的なサイズでちょうど隣の発泡酒の500ml缶と外寸は同じくらい。
重さは正確に測っちゃいないが500gは優に超えていると思われる。
ちなみに近所にある全国展開の某有名スーパーで買ったものでお値段880円也。

さほど私は大食いではないけどなんとか完食!!

正直言うとやっぱり一口サイズに切ってゆっくり味わいながら食べたいな。
それじゃ恵方巻の意味がないと言うけれど・・・・。


今年もいいことありますように!!