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2010_04
30
(Fri)07:25

どっちでもよかったんだけれども

朝から悩んでいるのにどちらにするか決められない。
頼んであったインレタが入荷したとの連絡を受けている模型店に行くか。
今日から(29日)開催されている名古屋丸栄の「鉄道模型展」に行くか。
つまり名古屋へ行くか浜松へ行くかなのだが昨日からの雨が決断を鈍らせる。
前日までは今日は買い物、明日に展示会と決めていたのだが
早く展示会も見たい欲求が高まってしまったのだけども結局・・・

アールクラフト

私がこのブログで「うなぎ模型店」と称している浜松市のアールクラフトへ行ってきました。
この店に通うようになったのは16番模型を再開して間もなくだから15年以上になる。
一見、普通のプラモデル屋さんに見える外観こそ当時と変わらないが初めの頃は
鉄道もプラモデルもラジコンもミニカーも全て1階の狭いスペースに山積みで
商品を買うのに自分で探しださねばならなかった。(それも楽しかったけどね)

後に2階部分も店舗に改築し鉄道模型とミニカーは移動になり随分広くなった。
自宅から40kmもあり車で1時間、それも市中心部に近い商店街にあるので
駐車場も有料で不便なところもあるけど三河、遠州地方のモデラーにとって
いまや命綱的存在なのである。

と言うのもかつては16番模型を扱う店が自宅周辺を含め3~4店はあったのだが
現在ではわずか2店舗でそれも限られたプラ完成品しか置かなくなり部品となると
台車1つ、パンタ一つ扱っていないのでちょっとした工作も不便で仕方ない。
通販と言う手もあるけどやはり店主と話して商品を実際に目で見て手で取っての
買い物スタイルも捨て難いのだ。

唯一つ問題もあって通販なら目当ての商品しか見ないがここではつい長居をして
いろいろ見てしまうので当初は予定に無かった行動を起こす事がある。
それまで雑誌等で見てなんとなく欲しいなと思っていた物が目の前で見て
しまうことによって急に欲求が爆発するのだ。^^;
しかもそういうときに限ってたまたま財布に金があるとまず止まらない。
今回の目的はインレタシート1枚を受け取りにいく事なんだが
店を出る時には何故か・・・・

でっかい紙袋を持ってました。

店の中で30分ほど考え込んでいたのですが店主の
「もう残りはそれしかないよ。」の切札に今回も見事玉砕。
入手して嬉しさ半分、大金使って後悔半分といつものパターンに。

年だけ取って成長しない自分。



あぁ・・


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2010_04
29
(Thu)06:51

先は不透明だが・・・

台車加工

昨日の続きでカツミ旧製品に日光の台車を履かせるために加工してみた。
カツミのボルスターの穴径が3mmに対し日光が約2.5mmなので
この0.5mmの差を削ってやればいい。

方法は画像のように丸ヤスリをボルスター穴に差し込んでゴリゴリやるだけ。
モーターツールを使えば早いのだが、いくら現物合わせだからって削りすぎると
穴の中心がズレてしまうのでここは手作業でピンボルトを時々あてがいながら
慎重に進めるが慣れれば5分もかからない。


加工前と後

画像左が加工前で右が加工後である。
見た目でこんなに違うのだからそりゃそのまま使えるはずも無い。
この後、表裏に出たバリを削って加工終了だ。



比べてみる。

さっそく台車を履かせて並べ高さをチェックしてみる。
横から見ると高さはほぼ及第点だがそれ以外のあらゆる所が違うのがわかる。
方や40年近く前の真鍮プレス製品、そして一方は型紙からスクラッチされている。
材質も時期も工法も違うし当然設計そのものが違うと同じ物を作ってもこれだけ
差が出ると言うのが面白い。

それをペアにしようと言うのだから無謀だ。

これも実車が元々個体差が多く状態もまちまちな編成を組んでるから違和感は少ないし
やろうという気にもなるが統一感とか編成美を求められる車両となると大変だろう。
紙製に近づけようとかブラス並みに艶を出そうとか深追いせずに

塗っちまえば素材の違いなぞわからん!

ってくらいのノリでやらんと工作が苦痛になる。^^



窓枠の修正

この後、車体の分解に入ったのだが別張りされた窓サッシを取り外すのに苦労して
窓枠の一部を歪ませてしまったので裏側から叩いて直している。
なにせ40年もビクともしないのだからボンドで付けられた窓サッシも強固で
サッシ自体を曲げずに取り外して再利用という目論見は見事に外れた。
エイヤっとサッシを剥がしたら見事に歪んでしまった。

紙は塗りなおしが効かない、ブラスは歪むと100%完全には戻らない。
それでもなんとか目立たないレベルにしようと俺は板金屋のオヤジだ!と
思い込んでコツコツ叩いて10数分、まあなんとかなった。

さてとこれで一つ問題が増えてしまった。
再利用できない窓サッシは捨てるしかないので新たに必要だ。
部品として売っている物もあるがこんな古い製品と寸法が合うかどうかわからんし
地方では入手しにくいし値段も安くない。

先日の花月園で紙成講師二人が俺に向かって

「そんなの紙で作ればいいじゃん!」

と軽くおっしゃいましたが・・・・




「そうだよね」とは言えずに微笑み返す事しかできませんでした。

'`,、('∀`) '`,、


2010_04
28
(Wed)10:56

2年ぶりに日の目を見るか?

73系改造前


画像手前は先日の花月園で我が家に移籍になった古いカツミ製のクハ79。
その奥は以前に製作過程をブログで連載しながらも途中で相棒のキットをお釈迦に
してしまった為、宙に浮いてしまい偽装工作の途中で放置プレイされてきたクモハ73。

このクモハ73、以前紹介した時に説明したが車体は某有名旧国モデラーM氏。
実はその他の部品も貰い物でしてベンチレーターは某模型誌専属カメラマンT氏
床下はこれまた模型誌の常連である通称マッハ氏から頂いたクモヤ90より移設したものだし
窓サッシと台車も地元のモデラーY氏から格安で入手している。

そこまでカネ無いんかオマエは!

と言われそうだがそうではなくて、いろんな経緯があって今に至るのだ。
それらのお世話になってる方の ワナ 恩に答える為にも早く完成したかったのだが
相棒が無くて走る目処が立たなかったので・・・やっぱ言い訳か ^^;

それならばと以前から某コレクターの預かり品を山分けした品の中に73系もあるよと
これまた某有名モデラーS氏からの管理委託を得て我が社に転属となってきたのだ。


ふるい73

さてこのカツミ製のクハ79、’70年代の製品と少々古いがイメージを良く捉えて
ガッシリと作ってあり素人のちょっとした改造程度なら全く問題ない。
たださすがに古めかしすぎる部分もあるのでそこは現代の部品に交換して
相棒とのレベルを揃えてみたい。

外見上、最も気になるのは台車で当時のメーカー完成品としては11.5mmの
黒染め車輪を採用するなど結構気合が入っているがいかんせん動力車からの
流用品なので形状が違うしブレーキシュウも無いのでチト寂しい。
そこで手持ちの部品箱から日光製のTR48と交換する事にする。

以前に同じカツミ製クモユニ74の動力更新した時に経験したけど
この2社の場合、すんなりと台車交換が実は出来ない。(旧製品の場合)
ボルスターのネジ径が違うし台車側面との接合部も微妙に形状が違う。
で、一番の近道と言えばカツミのボルスターネジの径に合わせて
日光製のボルスタ穴をヤスリで広げることだが、作業に入ろうとしたら
何故か丸ヤスリが見つからない・・・。

他の工作としては車体を隣のクモハ73と同じく富山港線色(青22号)に
変更し微妙に違う車体高さを両車で揃え、連結走行できるようにカプラーの
TN化くらいと軽度ではあるが窓サッシの再利用などの課題も少々。
そして最大の問題は何故か一緒に転属してきた残りだけでは編成にならない
クモハ73が3両、モハ72が1両・・・・


どうすればいいべ? (´Д`A;)





2010_04
26
(Mon)20:36

GWは工作三昧?

毎年の事ながらGW前の花月園でけっこうお金を使ってしまうので
連休中は遠出はしないし贅沢もしない事が多い。
ならば溜まってる工作が山ほどあるので少しでも消化しようと思う。
その前に今回も花月園に言ったら帰りは荷物が増えてた。
花月園運転会名物の互助会で仕入れてきたからだ。

以前にも説明したが互助会とは運転会に参加された方が
鉄道に関するモノを持ち寄って交換したり譲渡売買するいわゆる
内輪のフリーマーケットの事である。

今回も真鍮キットから完成品、部品やらDVDまで多くの出品があり
殆どのものが即効で売れてしまった。 
なにしろ世間の中古相場に比べても異常に安いのが特徴だからだ。
今回の一例を挙げてみよう。

ちょっと古いがつぼみ製のEF65が5000円。
宮沢の機関車だって3000円。
フェニックスやシナノマイクロの真鍮キットが500円から。
ピノチオのキット組電車が3000円・・・・・
部品だったら高くても500円、へたすればタダのものまで。

ヤフオクの値段って何なの? ^^

ってくらい信じられない値段で取引されています。
もちろんこれには理由があって出品する条件として格安じゃなければ
出品してはいけないよという独自のルールがあるからです。
お金の欲しい人はヤフオクへ行って下さい!と

安く出来るのも太っ腹な出品者のおかげ。

いくらルールで格安じゃなければダメと言っても出品してくれる人が
いなければ場そのものが立たないわけですから。
買う側も安いから希望者が多くジャンケンで勝たないと入手できません。
で、今回私がゲットしたものが・・・・

部品あれこれ

ま、中には予め頼んでおいたものもありますが地方では入手出来ないものも
多くたとえ数百円の物でも多額の交通費を節約できるので非常に助かってます。
せっかく都会から参加する人がいるのですから頼まない手はありませんね。^^V
ちなみにこれ全部で1000円もかかってません。


実はこんな物も・・・

茶色も

左端のカツミEF65はある人から誕生日プレゼントにと突然頂いたもの。
古い73系はとある計画から預かり先を某参加者から私に移籍してきたもの。

いわば内緒の裏互助会!にて私の所へ来た物です。

ちなみに私からも参加日が誕生日の某氏に富のサロ152をプレゼントしました。
要はケチケチしてはダメなのです。 

安く放出出来る人こそ安く買う権利もある

いわゆるギブアンドテイクの精神が無ければ参加資格がありません。
今回は安く売って少々損しても次の機会に自分が安く買えばいいや!
ってくらい心に余裕がないとイケません。

あくまでも本筋は運転会であって互助会はいわばオマケのイベントなので
決して大店を広げようとは思いませんけどね。



さってどれからイジろうかな!
って考えてる時が一番楽しかったりする。

ふふ!


2010_04
25
(Sun)05:54

花月園運転会 2010 春の部  ~エピローグ~

2001年11月より前幹事より引き継いで始まったこの運転会ですが
さすがに10年もやっていると幹事としても少しながらも飽きが来る。
その対策として毎回のように新しい試みを取り入れてきた。

今回は開催日の形態をこれまでより延長してみた。
元々は1泊2日週末土日と長い間決まっていたが、やはり20名を超える
参加者が思う存分に走らせるには基本がエンドレス3本だけのレイアウトだと
キャパシティが不足する。

そこで参加者の内、比較的仕事の休みが取れる方が自主的に金曜日から
泊まる「前泊」という形態が2003年頃より生まれたのだ。
これなら通常15時のチェックインに関係なく土曜日の昼間も運転でき、
なおかつ通常の本割(土日開催)のみにしか都合が付かない人も
午前中に到着して入館できるので運転時間が大幅に広がった。
これが2005年頃より公式スケジュールに組まれる事になる。

更に今回、従来の日曜朝午前10時の解散後も近郊の人には夕方まで
ゆっくり遊べるように非公式ながら日曜も宿泊する「後泊」を試験的に導入。
これでこの運転会は金曜日午後から月曜日朝10時まで他に例を見ない
非常に長丁場の運転会になるのだ。

これで参加者は開催期間中の都合のよい日を選ぶ事が出来るのだ。
結果、26名の参加者を迎えることが出来たのだが一方で問題もある。
今回はたまたま幹事の私が休みを取れたので3泊4日ぶっとおしで滞在し
必要な仕事をこなす事が出来たのだがこれが毎回ではさすがに厳しい。
今後も継続するなら幹事を2人制にするとかの対策も必要と感じた。

もちろんこの大所帯の運転会が成功に終わったのは裏方で協力してくれる
常連さんの力に寄ることも非常に大きい事も伝えておこう。

富士に傘
☆帰り道富士市内で信号待ちの時撮影。

実際に3泊4日フルに参加したのは幹事ともう1名だけだったがとりあえず
今後の運転会を模索する一つの実験としては意義があったと思う。
それで今回個人的に気になったのが自身の体力である。

実は日曜日午前に後泊で残る7名だけになると疲れが出たのか昼食に蕎麦を
食べに旅館の表に出た以外は運転場で座布団まくらに夕方まで昼寝してた。
もちろん幹事としての役割は終えていたから問題は無いけど3泊4日を
フルで遊ぶにはそれ相当の体力が必要なのだ。

今回「後泊」を実施してみての感想は前泊の期待感や本割の賑やかさとは
違った「まったり」とした独特の心地よい脱力感があることだと思う。
人が激減して寂しくなったのだけど緊張感も抜けたので思う存分に
ゆっくり過ごせて疲れも徐々に和らいでいった。





次回の開催は11月初旬を予定してます。
正式な日時発表、募集開始は9月1日です。

2010_04
24
(Sat)15:45

花月園運転会 2010 春の部  ~本編その3~

花月園レポート第3弾は私の撮った画像をUPする予定でしたが
参加された方の何名かが既に素晴らしい画像をUPされてますので
私のは掲載中止にします。

だってみんな俺より写真上手いし!^^

今回は掲載して頂いたサイトをご紹介したいと思います。
ちなみにブログ等では既に記事が更新されている場合がありますので
過去記事まで戻ってご覧下さい。

なお紹介サイト以外にも参加者でホムペ・ブログをお持ちの方もいますが
今回は4月24日現在、運転会の様子をUPされた方のみです。
また、登録しないと見れない会員制のサイトは除外しております。


2010春 りゅーでん運転会レポート掲載サイト

☆サイト名をクリックしてください。

鉄模の部屋
なかむらさんのサイトです。画像が多く部門別に整理されて見やすいです。

なかむらの忘備帳
同じくなかむらさんですがブログ版です。動画もあります。

戸棚鉄道管理局
こちらは毎回参加のぼおるどういんさんのサイトで画像が大きく形式写真風です。

元(マヤ34・ドクターイエロー)軌道検測員ととの気ままなぶろぐ
ととさんのブログです。元鉄道マンでもあり模型にもその特徴があります。

鉄道模型と鉄道写真・趣味
今回の大集合の発案者でもある銀河51号さんのブログです。

いちご電車の落書帳
イラストが趣味とあって一風変わった車両を製作されてます。

「ヨネカン」のToday event
廃線巡りにハマってるヨネカンさんのブログです。

てつの足跡
お馴染みのてつさんですが今回は日帰り参加の為、記事は少なめです。


じっくりとご覧あれ!^^


なお余談ですが元々模型誌掲載の常連が多い当会ですが今回は「とれいん」誌の
人気連載記事「紙成模型塾」の講師と生徒が5人も集まってました。
2010_04
21
(Wed)19:00

花月園運転会 2010 春の部  ~本編その2~



花月園レポート本編第二弾です。

忙しいので解説は今回は抜き! ^^

どういうわけか2台ある我が家のパソコンでようつべの画像の解像度がまるで違う???

あなたのパソコンはきれいに見える?


2010_04
20
(Tue)11:54

花月園運転会 2010 春の部  ~本編その1~

運転場全景

16日13時には花月園に無事到着。
通常、宿泊施設でのチェックインは15時が基本だが幹事としてしなければ
いけない準備がたくさんあるので館主さんの了解を得て早めに入館している。
画像は1番乗り(当たり前だが^^)で誰もいない花月園の16番レイアウト会場。
これから18日朝10時までここで熱きモデラー達の狂宴が繰り広げられる。
まだ暖房の入ってない部屋は涼しく空気が凛として嵐の前の静けさと言う所か・・・




荷物

今回の私の荷物の総量である。

☆車両    (電車27両・機関車12両・客車10両・貨車30両)

☆用品     (試運転用パワーパック・線路・整備工具)

☆他の私物   (3日分の衣料・デジタルカメラなど)

☆運転会備品  (参加者用名札・配布用名簿・事務用文具)

☆宴会用飲料  (コーラ・ジュース・お茶・ビール)

☆宴会用つまみ (かきピー・ポッキー・するめ・チップス等)

測ったわけではないけど総重量は恐らく大人一人分はある。

幹事をやっている限り電車で行くのは不可能なのだ。^^;

1時間近くかけて荷物の運び込み、備品の配置等雑用を済ませると次の方が到着するまでの
わずかな時間は一人で貸切状態でささやかな杮落とし(走り初め)を密かに行う。
幹事としての唯一の特権でもある。



C5711播但

今回の走り初めは天賞堂製C5711号機(末期の播但仕様)での客車牽引から。
妻の実家近く(といってもクルマで1時間)に今でも保存している機関車で一昨年に
初めて間近で見て以来、ますます親しみを感じるようになった1両である。
ただ模型としてのこの機関車は非力でプラ客車4両くらいがこのレイアウトで限界。
試しにもう1両ブラスの荷物客車を連結したら坂道で立ち往生・・・orz


ED75+スハ43

機関車をTOMIX製ED75に換えて客車も10両にしましたが余裕の牽引。
往年の東北の普通列車の雰囲気を再現しました。(雑誌でしか見た事ないけど)
ひとり寝そべって走らせていたら玄関に到着する気配が・・・ 

いよいよ本格的に幕開けです。


次回は参加者が持ち寄った車両を動画を交えてご紹介します。



2010_04
19
(Mon)16:59

花月園運転会 2010 春の部   ~プロローグ~

東名

画像は先週16日の東名高速道路上り線由比PA付近。
本来ならトンネルを抜けた直後に目の前に富士山と駿河湾の美しい姿があるはずなのだが。
残念ながら前回に引き続き悪天候で素晴らしい景色は見られなかった。
そう、花月園運転会開催のために伊豆に向かっているのである。
ちなみに4月と言うのにこの時の外気温わずか6℃と真冬並みなのだ。

いつもならこのまま海岸線を通過し富士ICまで高速に乗るのだが
今回は時間的に余裕があったので寄り道をすることに決めた。
そこに居ると知っていつか逢いに行こうと思って早10年以上・・
ようやく決心が付いて焼津ICで一旦降りる事にする。

C5096

場所はJR焼津駅すぐ脇の公園。
ここに保存されている蒸気機関車C5096号機に逢いに来たのだ。
このC5096と言う機関車は私にとって他のどの機関車よりも特別なカマだ。
今から約40年前の昭和46年頃まで地元の豊橋機関区に配属されていたそのもので
私の鉄道趣味の原点とも言える存在であり生涯で唯一、現役時代を見る事の出来た
蒸気機関車なのです。(最終配置がこの96号機と僚機の95号機でした。)

小学校低学年の頃、盆と正月だけ母の実家のある湖西市鷲津(当時は浜名郡鷲津町)に
行く為に東海道本線に乗るのだが、駅のホームで電車を待っているとこのC5096が
隣のホームとの間で貨物列車の入換作業をしているのを飽きずに見ていたものだった。
この時の刷り込みが後に鉄道少年になる理由だったと今でも思う。

実は当初、焼津駅周辺は道が狭くなかなか線路脇の公園に辿り着く事が出来なかったが
10数分ウロウロした挙句、ようやく木立の向こうに黒い彼を発見!!
どうにか車を停めれる場所を見つけ40年ぶりの想いを抱えて彼の元に走った。

「おぉー!」と叫びたい衝動と頬ずりしたい感動に襲われたが
周囲が住宅地なのと、この機関車の脇が近所の人の通り道になっているみたいなので
47歳になったばかりのオジサンはあきらめることにした。^^;
雨が降り続いているので約40年ぶりの再会は10分足らずの時間と1枚の写真で終わった。

マイクロキャスト製C50
画像は所有するマイクロキャスト製C50

このC50と言う機関車は実際には実に地味な一生を送った。
昭和47年に国鉄蒸気機関車を保存しようと京都の梅小路機関区に全国から
集められた機関車が集結したがその時にリストにすら載らなかったほどなのだ。

生まれは昭和初期、それまで輸入機に頼っていた国鉄(当時は鉄道省)もようやく
安定した性能の機関車を作れるようになってきたが更なる近代化を図ろうと
あれこれと新しい発想や装備を満載して製造されたのがこのC50でこれまで
数字だけだった機関車形式に初めてアルファベットを使用した1号なのである。

しかしその装備が使い勝手が悪く現場に嫌われるし、前輪が脱線しやすいというクセを
持っていた為に営業列車には殆ど使われず大半が入換専用機となり駅の構内で
細々と働いていたので鉄道愛好者にも縁が薄く記録写真もあまり残っていない。

実機がどんな境遇であろうと私にとっては幼き頃に憧れた大切な機関車だ。
不幸中の幸いだったのはこんな地味な機関車でも保存してくれる自治体や
保存会があることで40年近く経った今でもその姿を見る事ができるのだ。
1台も保存されず2度と見る事のできない仲間も多くいる中でだ。
彼が21世紀まで残ったのは偶然に過ぎないかも知れない。
だからその偶然と保存に尽力された方々に感謝したい。

「・・・・・・・・・」

今度行く時は彼の傍らでおにぎりでも頬張りながら
ゆっくり昔の事を思い出してみようと思う。



次回から花月園運転会本編に入ります。


2010_04
15
(Thu)20:14

激しく一週間!

明日から待ちに待った花月園運転会だ!
となると準備も大変でこの2~3日ろくに寝てない。
車両の準備も最終段階に入ったある時、ふと飾り棚のアレが目に入った。

そう1年前の運転会で出場を決めて整備中に重大な欠陥を発見し
そのまま休車となってしまったカツミ製のDD50型ディーゼル機関車。
あまりには不憫なので今回、応急処置をして持っていくことにした。

応急処置といっても接着剤で止めただけ。^^;

一応テスト走行をすこしやったが実際に負荷を掛けてちゃんと
走るかどうか定かではないが壊れたらその時はその時!
それよりも問題は接着よりも台車を元通りにするのに難儀した。

DD50下回り

画像では判り難いがこの製品の台車はカツミ自社製ではなく他のメーカーが
以前発売したキットから供給を受けたもので当然自社製とは取付け寸法が異なる。
そこで自社基準のMPギヤを取り付けるために台車枠とMPギヤBOXとの間を
独自のスペーサーを介しており通常の製品より左右の台車枠の間が非常に狭い。
これがどういうことかというとネジ止めするためのドライバーが入らないのだ。

台車がズレないように指で押さえ、ネジが落ちないようにもう一本指を添え
更にもう片方の手でネジ頭にドライバーを当てるとネジが噛んでない状態では
ほんのちょっとの力の入れ方でネジ落ちてしまうのだ。
やっと嵌ったと思ったら中間のジョイントが抜けてたりするし・・

30分やってキレましたとも、えぇ Ψ(`皿´;)Ψ

ひとりで怒ってもしょうがないので考える事10分次のような方法にした。

抑える

半田鏝で使うアルミ製クリップで指の代わりにおさえておくのだ。
別に大した事ではないけど気持ちが焦ってるとこんな簡単な方法が
すぐには思いつかないんですね。^^



さあ明日は午前6時には家を出発します。
高速道路を使えば3時間半程度で行けるのですが明日はまだ金曜日。
高速道路の1000円通行が出来ませんので一般道路で5時間半。
3000円節約できるなら2時間運転が延びたって構わないさ!

貧乏ってのが本当ですけどね。orz

ルンルン気分で支度を進めていると向こうから白と黒のモフモフがやってきて

くるみわん

あんたはい~の!

犬が来たってしょうがないでしょ!

あんた女の子なんだから俺は無いでしょ!




2010_04
04
(Sun)21:50

まもなく花月園

私自身が幹事を務め開催する花月園運転会。
その「2010年版 春の部」がいよいよ2週間後に迫った。
今日までに幹事としての仕事も7割がた終わりようやく自分の
参加車両の整備に入る事になった。

幹事って宿の予約するだけじゃないの?

会社の忘年会の予約をするわけじゃないからそうは行きません。
簡単に流れを説明すると 日程の決定 → 参加募集の告示 → 参加者の決定
連絡網の整備 → 宿の予約 → 食事処の予約 → 名簿・名札の作成
送迎の手配 → 当日のスケジュール作成と多岐に渡ります。
今回の例で言うとこれを25人分、告示から開催までの2ヶ月で
私一人でやらねばなりません。

世話役が好きでやってるから苦ではないが。(^^)

157系

さて、さっそく出場車の整備ですが1番手はエンドウ製157系7連の91年モデル。
実はコレ、私の家にもう10年近く置いてあるが私のものではない。
近所に住む幼馴染の同級生が管理委託という名目で私に預けているのだ。
預かり物といっても私の手で加工したり部品交換した部分もあるし
走らせるのも自由だ。 要するに自動車の登録証みたいに

私は使用者であって名義は他人なのだ。

更にこんな自分名義でない車両が我が家には他に150両以上ある。
鉄道模型はオモチャといっても機械、電気ものなので預かったからって
仕舞いっ放しは状態を保持するうえで好ましくない。
時々、箱から出し油を差し電気を通す事で性能を維持してるのだ。
取り扱いに少々神経を使う以外は自由に遊ばせてもらってる。

今回この157系の花月園出場は4年ぶりだが特に大きな不備も無く
軸の油さしと車輪の清掃だけで試験走行OK!

きかんしゃ

続いて先日分解整備したが確認の為、通電試走をした機関車たち。
カツミ50周年記念で50台だけ販売されたEF651000JR色と
天賞堂のED76500北海道モデル、TOMIXのEH500の3両。
これらも極簡単な整備で済んだ。 

きかんしゃ2

奥はいずれもTOMIXでED75とED76でこれらも問題なし。
手前の2台のEF66の内、旧JRF色は購入以来まだ一度も走行なし。
飾り棚に半年ほど置いておいたら内外の温度差で車輪のゴムが劣化して外れ
走行不能状態。

ゴム自体は通販で取り寄せたのだが交換する場合、台車をほぼ全分解せねば
ならぬ構造の為しばらく放って置いていざやろうとしたら買ったはずの
ゴムをどこに仕舞ったかわからなくなってしまい現在2休車。
開催までに運よく見つかればいいのだが無ければ展示用としてのみ参加。
実は今回の運転会のお題が「JR化後の国鉄車両」なのでその該当車なのだ。


楽しい運転会まであとわずか!
どこまで準備が進めれるかわからないけど頑張るしかない。^^;
2010_04
03
(Sat)09:30

悲しいサクラ

さくら

「来年の桜は無理かもしれないね。」

話は一昨年の秋、夏のレジャー仲間でもあるT氏が入院する病院に勤務する
知人がお見舞いで病院に集まった仲間に向かって言った。

T氏はその年の春より胃に違和感があったのだが事情で自営を廃業し
知人の紹介で、とある会社に臨時採用され正社員になれるかどうかの
瀬戸際で仕事を休んで病院に行ける状態ではなかった。

ある日とうとう我慢できなくなって近所の町医者で診察。
「なんでこんなになるまで病院に来なかったんだね?」と言われ
そのまま市民病院にて精密検査を受ける事になった結果下された診断は・・・

末期の胃癌で余命半年

既に両親が他界し独り身だった彼にはその日の内に宣告された。
もちろん本人は衝撃だっただろうが彼は見舞いに訪れる仲間に決して
暗い顔を見せなかったし いたって前向きに病気を受け止めていた。
しかし病状はみるみる悪化し短期入院の繰り返しから家に帰れなくなり
見舞いに行く度にやせ衰えていく彼を見るのはつらかった。

2月のある日、仲間の一人が彼を連れ出して花見をしようと言い出した。
既に彼は自力で歩く事もできない状態で後の話では一ヶ月持つかどうかだったらしい。
それが励みになったのか彼は当日まで持ち応えたのだ。

さすがに外出許可が下りず、病院の会議室を借りて枝桜を持ち込んでのささやかな
花見だったが彼の友人知人が40人以上集まったのだ。
「励ます会」と銘打っての花見会だがこれが事実上の「お別れ会」だということは
参加した人みんなが知っていた・・・・。

その花見会の2週間後、付き添いの叔母に看取られて彼は静かに逝った。
「話が出来るのは今日明日までかも知れないから」とのメールを友人から
受け取った僅か6時間後のことだった。



久しぶりに晴れた休日の土曜日。
愛犬の散歩をしながら近所の川べりの桜を見ていたら昨年の出来事を思い出した。
まだ彼が病院内を歩き回るほど元気があった頃、面会ロビーで彼はジュースを
飲みながら見舞いに訪れた私に明るく言った事。

「明日、いいクスリが出来るかも知れないから」


今年は花見をする気になれない。