2007_10
31
(Wed)21:31

あんた誰?

このブログをご覧になってくださる皆様へ

お気づきだろうか?
このトップページの右上にいつの間にか日本地図が表示
されるようになっていることを!

実はこれブログの機能の一つでどこからアクセスしてくるのか
管理人に教えてくれるなかなか楽しいツールなのだ。
ただし個人宅を特定するほどの性能ではなくて
プロバイダのサーバーから法人契約で登録されているモノのみを
探し出して教えてくれるのである。

ではどんな法人からアクセスされているのかちょっと暴露!^^

○菱製紙 三○商事 読売○行 N○Tソフトウェア

F・コミニケーションズ リ○ー シャー○ ○ニー

群馬高等○門学校 東○鉄道 会計検○院 星○科大学・・


ディスプレイの前のア・ナ・タ!

ちょっとはドキッとした? ^^

んま正しいかどうかは解らんけどおもしろいね。
一部にはあの人かも知れないと予想がつく社名もあったりする。

それはいいんだけどさ・・今気づいたんだけど法人契約って・・・

今仕事中じゃないんですか? 

m9(・∀・)アナタ!

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2007_10
29
(Mon)20:36

時間がにゃい!!

にわかに忙しくなってきた。
花月園の運転会まで20日を切っているのである。
今回は幹事は交代してもらってそちらの仕事は無いのだが
持って行く車両のほとんどが初走行物ばかりなので
私の工作、レイアウトを兼ねる4畳の部屋は戦場と化している。

あちらではプラ製品の分解、こっちではその部品の塗装
机ではインレタ貼り及び小部品の取り付け、その隣では
注油、調整待ちの車両がズラリだしベランダではクリアーの
乾燥待ち・・・もう何が何だかワケわかんね。

作業場はこんな状態だ。

机全体

机の上

整備待ち

ベランダ


専用部屋の良い所はいろいろあるけれど何よりも便利なのは

いちいち片付ける必要が無い!ってこと

工具も部品も車両も出しっぱなしなので何時でもすぐに
作業に取り掛かれるし終わればそのまま部屋を後に出来る。
つまり作業の準備と片付けの時間が節約できる。

でも、いいところばかりかと言うと実はそうでは無い。
何種類もの車両や部品があるので場合によっては混同するし
紛失や破損の危険も大きい。
手元が狂って落ちた車両の場所が他の車両の上だったなんて
すると破損するのは2両になってしまう。(実際にやったことあり)

それで散らかすだけ散らかすと片付けや掃除も容易ではない。
あったはずのものが見つからなくて探し物をすることもしょっちゅうだ。
人は甘える環境があるとどんどん堕落してしまうと言うが
まさにその通りなのだ。
使う人の問題なのは自分でも解っているので何度も
今度はちゃんとしようと・・・思うだけで毎回同じ事繰り返してる。

こんな私も3人の息子の父親だ。
時折、子供部屋を覗くとその散らかりぶりに唖然として
「ちゃんと片付けて使ったものはそのつど仕舞う」と注意する。

自分のことは棚に上げて 


( ̄▽ ̄;)

2007_10
28
(Sun)08:39

心象風景

昭和50年頃だったでしょうか・・・
姉が京都に移住することになり、せっかくだからと家族で観光に
出掛けることになりました。 
親父が亡くなってから旅行に出るのは初めてでした。

初めて乗る新幹線に心ウキウキでデッキに飲料水があることや
客室扉が自動ドアだったのに感動し普段は東海道緩急の古い電車しか
乗る機会のなかった私には最先端の車両が眩しく見えたものです。
(既に新幹線は開通10年を越えていたが車両は0系だけの時代)

一通りはしゃぎまわった私も県境を出る頃には落ち着いて
窓際の席に座り車窓の景色をボーっと眺めてました。
岐阜羽島を過ぎ、米原駅に近づいて来るとそれが見えてきました。
もしこの時に座った席が山側だったら出会いは無かったかも知れません。

それがこの機関車。

DD50だよん


初めて出会ったこの時に彼らは既に運用を終えており廃車前提の
2休車でターンテーブルの側線に一族6両がほぼまとまって置かれてました。
当時の知識ではそれがどんな機関車か知らなかったので家に帰るとすぐ
鉄道ファン誌をめくって探したことを今でも鮮明に憶えてます。

その後に何度か新幹線で通るたびに彼らを探し見つけるたびに
少しずつさびれて行く様子に心痛めていました。
何年間も放置が続いてましたが確か高校の修学旅行で通った時は
姿が消えていたように記憶しています。

誰にも知られずひっそりとそして永遠に・・・・


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2007_10
25
(Thu)21:48

ジュリアーノジェンマ

jemmma81-6.jpg

いきなりスクーターが出てきてすみません。o(_ _)o ペコッ♪
たまには息抜きにバイクの話でもしましょう。

私のプロフィールにも書いてるが若かりし頃は仕事も趣味も
オートバイ一色だった時代が10年ほどありました。
(仕事のほうは5年で辞めたけど・・)

画像のスクーターは20台以上乗り継いだバイク歴のなかの
最初の愛車なのである。1981年発売のスズキのジェンマ。
高校3年の時に発売されてすぐに買い、翌年の卒業までの半年間
6畳間の自分の部屋に置いてました。^^

当時は第二次スクーターブームのはしりで既にHONDAからはタクト
YAMAHAからはベルーガというスクーターが発売されてました。
そして最後に発売されたのがジェンマでした。

私がこれを選んだ理由はスタイルがいいこともありますが
先の2社が既に現在のシステムに近いベルトドライブを採用したのに
このジェンマの変速機は違いました。 なんと・・

機械式3速ATだったのです。

同じ時代の軽自動車のほとんどがまだ2速ATなのに
わずか50ccのスクーターに積んで来たのには驚きました。
現在ではコストの制約からまず作ることは無いでしょう。
それがどんな走りをするのか非常に興味を持ったのです。

無事に高校の卒業式を終え急いで自宅に帰るとさっそく試乗です。
他のベルト駆動のスクーターに比べ(友人が乗ってたので借りて比べた)
加速は鈍重ですし連続する坂道も苦手です。
それでもベルトにない変速する時のカコン!というショックが
いかにも機械機械しててメカ好きにはたまりません。

すっかり気に入った私は後年に発売された125ccも購入し
更に再び中古で50ccを購入! 
バイク乗りとしての最後の愛車もジェンマだったのです。

そして結婚と同時にバイクを降りました。
同時期にジェンマというスクーターもカタログから消えたのです。
その日から16年が経った今日再び衝撃が!!

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2007_10
24
(Wed)22:54

突貫工事

修善寺の花月園運転会まで1ヶ月を切った。
自宅でも走らせることは出来るけど風景も何も無いタダの楕円よりも
山や川や駅や鉄橋やトンネルの完備されたレイアウトでの運転は
鉄道模型趣味人の至福の極みと言っていい。

私なんぞはここ数年地元のクラブにも顔を出さないし他に
走らせれる施設など近所にないので、ちゃんと編成を組んで列車を
楽しむのは春秋の年に2度開催されるこの運転会だけなのだ。
通い始めて7年目、自身が幹事になって6年で11回の開催だが
この秋の会は退院直後の体調を考えて幹事を交代してもらった。
久しぶりに只の参加者として遊んでこようと思う。

けれど入院してたせいもあって今回は特に新車が無い。
せっかく行くのだからまだ走らせたことのない車両を持って行きたい。
で、引っ張り出してきたのがこれ!
赤い電機じゃ


実はこれ前回のC51と一緒の所有者から預かっている車両の一部だ。
売ってもいいとのお許しがあったので前回の運転会開催時に定価の
6割引で買い手を募集したが売れ残ったので地元の友人のS氏宅で
保管してたが交流機には全く興味が無いS氏なので再度私のところへ
転籍してきたもの。

せっかくだから今度の運転会でデビューさせてやろうと整備を始めた。
プラの成形技術の進歩のおかげで一昔前では考えられないほど
ディティール豊かな機関車が出来るのはいいけど、この細かくて
やわらかく形も様々なパーツをはめ込んでいくのは大変だ。

加工が要らないといっても素手ではさすがに組み立てが出来ない。
説明書にも取り付け位置は書いてるがどんな工具を使えとかの方法は
一切書いてないのだ。
つまり組み立て方法は自分で考えなさいよと・・。

まあそれなりに工作経験のある人はいいけど始めようとして
買ったらいきなりコレでは戸惑う人もいるよな。
鉄道模型の世界には昔からの不文律があって説明書など最初から
解っている人が前提で書かれているのだ。

鉄道専業メーカーならともかく長年に渡って幼少向けの玩具を
作ってきたメーカーですらこの有様で昔と何も変わらない。
そんなことで鉄道模型の裾野を広げようとしても無理だと
わかんないのか? マーケティングをちゃんとしてるのか?
事実、小売店ではお客さんに付属パーツを付けて売ってくれとの
要望もあるらしいし、中には有料でサービスしている店もある。
こんなことで日本の将来は大丈夫か?と思いながら異変に気づいた。

解放テコのパーツが折れてる!( ̄□ ̄;)

しかも折れたパーツに限って予備が入ってない。
んも今日はふて寝じゃ!







2007_10
23
(Tue)20:48

最後の難関

たとえ完成品を買った時でも最小限の工作があります。
それは車両の番号を入れることである。
所属表記や換算表記などの極細かい文字は入れないよという人も
結構いらっしゃいますが車体のど真ん中に、あるいはお顔に付く
形式番号を入れない人はほとんどいないと思います。
最低限のディティールのひとつだからです。

昔はインレタなんて無くてディカールや予め番号の入った真鍮片を
貼るのが一般的で位置以外には傾きを注意すればよかったのですが・・
最近ではメタルインレタなんてものが出来て実車のように切り抜きで
表現すること出来るようになりました。

が!(`Д´)

これがけっこうな曲者でして、、、
例えば「EF651101」なら8字の数字文字の全てを
水平に平行に傾き無く等間隔(基本的には)に貼らなければなりません。
それもわずか一文字が2mm×1mmの大きさしかありません。

下の画像は天賞堂のDF50にTOMIXのメタルインレタを
貼ってみたものです。
DFの側面


これでも相当注意して何度か修正を加えたものですが
拡大してみるとまだ曲がっているのがわかりますね。
この後に更に数分かけて満足いくまで修正しましたがさすがに
裸眼ではつらくなってきました。
次回の工作までに工作用ルーペの購入を考えてます。

どんなに優れた工作をしてもどんなにキレイな塗装をしても
ナンバーが曲がってると見る人には1ランク下がってしまうという
単純だけどもどうしても気の抜けない工作ですね。

あと皆さんに聞きたいのだが蒸機のナンバーのようなプレート式とか
製造所の名盤とかはゴム系ボンドやエポキシ系での接着が定石だが
貼った時はよくても乾いてから見ると斜めに傾いてることありません?
恐らく乾く過程で重力に負けて下がってくるのが原因かと・・・
と思ったら車体を横にしておいても曲がってる時ありますね。
固形化のときにうにゅ~と接着剤が動くのでしょうか??

よい方法があったら教えてください。

2007_10
21
(Sun)10:22

汎用、代用、お徳用

あまり工作に自信が無くても買ったままの模型じゃつまらん。

私もそう思う一人である。
簡単なのは再現されてない細部に色差ししたり
パーツを交換したりしてヘタなりに楽しんでいる。

で、今日の工作はこれ!

ずらりとパンタ


プラ製品の材質色そのままで安っぽいパンタを塗る準備をしたとこ。
そりゃ一番なのはちゃんと塗装された他社メーカーのパンタに交換する
のが手っ取り早いのだがなにせ値段が高い!!
古い記憶では300円位の時代を憶えているがあれから30ン年後の
現在では平均で3000円にもなってしまった。

プラ製の電気機関車の値段が2~3万円なのにパンタを換装するだけで
6000円もかかるのは結構複雑な思いだ。
幸いにも近年の製品は安っぽいのは色だけで形態はなかなかいい。
そこで色を塗って少しでもカッコよくするのだ。

画像は機関車4台分のパンタをKATO製品の箱に入ってる
スチロールにぶっさりと刺してあるのだ。
以前は他の小物部品の塗装の時と同じように固定する時は両面テープを
使っていたがこの方法なら余計な費用を抑えることが出来る。
たかが100~200円のテープだが使わないに越したことは無い。
チリも積もればなんとやらである。

あとパンタグラフの塗装には下地処理が欠かせない。
市場で不思議なのは同じ接着剤や塗料なのに「模型用」となるだけで
割高になることが多い。場合によっては専用の物を使わざるを得ない
こともあるが大半は「家庭用」の安価のもので充分である。
ホームセンターなどで入手が容易なこともメリットだ。
で、私が下地処理に使ってるのがこれ!

ぷらいま


通常の模型用の倍の量が入っていてしかも安い!
小物部品の塗装にしか使わないこともあるがこれ1缶で
もう4~5年は使っているのだ。(経年変化は大丈夫のようだ)

他にいつも高いな~と思うものにピンバイスのドリル刃がある。
細くなれば細くなるほど脆くて高価になるというやっかいな工具。
0,3mmなど模型店で買うと1本300~400円もするし
ホームセンターでは少し安いもののあまり置いてない。

そこで私の場合は業務用に卸されているものを精密加工メーカーに
勤める友人に手配してもらっている。 これだと1本100~150円
程度ですんでしまうのだ。
メーカーだと仕入れ量も多いから1本辺りの単価が安くなる。
持つべきものは友である。

更に模型単価を下げるのに有効な方法がある。
それは製作時間を短縮すること!
実際には短縮は難しいので製作開始から完成までの期間を短くする為に
出来るだけコツコツと毎日少しでも手際よく進めることである。
製作時間を労働単価に置き換えるとこれが最も大きいのだ。

頭では解ってても実際には・・・

できないんだけどね。(;´∀`)
2007_10
20
(Sat)20:04

ふっるいんだけども

16番の蒸気機関車と言えば、近年になってようやく
手頃な価格のプラ製品が出てきてユーザーを増やしてるが
手頃と言っても定価で4~5万円とカタギの人には理解できない価格

確かに現代のプラ成形の技術を駆使して作られるだけあって
その精密感は少し前のブラス製高級蒸機を思い出させるほどだ。
だがプラならではの弱点もいくつかある。

1・質感がやはり実物とは程遠い。

2・軽いので牽引力が無い。

3・各パーツの強度が弱く取り扱いには慎重を要する。

などが主なものなのだが1については技術と努力があれば
再塗装などである程度はクリアできる。
3はブラスでも同様な場合があるのでここでは除く。

問題なのは軽量ゆえに牽引力が期待できないこと。
構造上、補重も難しいし重くするほど車体の強度が無い。
カトウ製はまだマシなほうだが天賞堂のプラ蒸機はヒドイ!

とあるレイアウトの平坦線でプラ客車5両が牽き出せなかった。
ボイラーの細いC55、57だったからか余計条件が悪いが
それにしてもブラスならともかくプラが牽けないのは機関車として

論外!(`・ω・´) b である。

4~5万も牽けない機関車に出す位なら中古のブラスがいい。
ネットの普及のおかげもあって今は全国から出物を探せる。
こうして一時期は8両の蒸機を保有したが次第により近代的な
分野に興味が移っていたこともあって2年前に最後の1両が
オークションで落札されて私の鉄道は無煙化された。
今後は高価な機関車を買える事はまず無いだろう。

だが運命とは面白いもので・・・・



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2007_10
13
(Sat)14:50

宿敵?

いくら工作を趣味にしているからって必ずしも得意ではない
分野が誰にでもある。

人によっては材料への罫書きが嫌いな人もいれば塗装が苦手な人も
いるし、インレタ貼りが嫌いな人ももちろんいる。
もちろん多くの人が勉強したり数をこなしたりして克服しているのだが
いつまでたってもカンがつかめないし相性の悪い工作があったりする。

私にもどうしても苦手な工作がある。
それがこれの組み立てなのだ。

カプラーバラバラじゃ


皆様ご存知のケーディカプラーである。
現在は商標切れでマグネマティックカプラーと言うらしいが
ケーディのほうが馴染みがあるのでここでは旧称で書きます。
昔はパンタグラフより高い高級パーツでしたね。←オジサンだね!

現在では標準装備されてたりするのでわざわざ袋のカプラー買って
組み立てる必要が少なくなったとはいえ古くからのモデラーなら
昔の完成品のベーカーカプラーをこれに交換するのが
工作の入り口だった方がきっと多かろう。(私もその一人だ)

このケーディカプラーを製品に取り付けるには組み立てなければ
ならないのだが画像にある小さな小さなスプリング・・
直径1mmで長さ4mm程くらいだろうか?
これを組付けるのがいまだに苦手なのである。

バネなので指先からピンッて飛んでしまうことしょっちゅうだし
床の種類に関係なく発見が非常に難しい。
メーカーもそのへん解ってるのか丁寧に予備まで入れてくれてるが
運が悪い時はそれでも足りなくなる事がある。
これまでに一度も失くした事ないよ! と言う方がおられれば

その方は神です。

私も以前に比べればいくらかマシになりましたがそれでも
精神状態がよほど良くなければやりたかないし、一個でも失敗すれば
続けてやろうとは決して思いません。

ケーディカプラーの復元バネには3種類あり、今回のタイプの他
スタンダードの5番に使われる板バネ(これは取り扱い楽ですね)と
30番台に使われるもうひとつの巻きバネタイプ・・・

未登頂・・・


私、実はこれいまだに嵌めることが出来ません。(TT)
遡ること10数年前、何に使う為なのかは忘れましたが初めて買った
30番台カプラーの組み立てが出来ず以来今日までずっと
死蔵してきたのです。 そう、どうしてもバネが嵌らない・・・
おまけにこのバネ、飛んで無くなるならまだいいのですが
失敗すると指に突き刺さるのです。

とりあえず使う機会が今のところ無いので困る事は無いのですが
なんとなくトラウマになっています・・・(´・ω・`)
2007_10
08
(Mon)16:39

主のいない工作室

もう使われることの無い工作机

かつてこの机からは多くの名作が生まれました。
しかし、もう2度とここが使われることが無くなりました。
今は帰る事の無い主をじっと待っているかのようです。

当リンクにもある「スカーレットのアルバム」の管理人であり
名鉄電車のペーパーモデラーとして、この趣味界に広く知られ
先月惜しくも亡くなられた鬼頭哲哉氏の工作机です。

遠方の知人より託された荷物を届ける為に本日友人と二人で
鬼頭哲哉氏の実家に行き、ご家族の了承を得て撮影したものです。
早いものであの悲報から一ヶ月が経ちました。
そしてもうひとつ見せて頂いたものがあります。
完成間じかの80系


長年、名鉄電車を中心に製作を続けてきた彼ですが晩年の作は何故か
飯田線のスカ色旧型国電と画像の80系湘南電車でした。
残念ながら80系のほうは未完に終わりましたが私が見たところ
艤装もほぼ終えており95%の工作は終了してました。

この2作の製作を始めた頃には既に病魔が進行しており
本人もそれを知ってたらしくスカ色車については考えられない
程のスピードで完成させましたが、この80系の頃には体の麻痺が
始まり思うように指が動かない時もあったようです。

彼の自宅を出た後に彼の通った早川模型中村店にも行きました。
そこで店のオバチャンから聞いたのですが彼は今年の春頃にふらっと
店に現れ、ショーケースに展示している自身の模型の入れ替えを
済ませた後に工作用の紙を100枚も買って行ったそうです。
普段は慎重派で余分な買い物はしない彼の行動にオバチャンも
驚いたとの事。

そこに彼の覚悟を見たような気がします。
もう買いに来れることはないだろうと言う現実と
100枚使い切るまで生きてやるという思いと・・・
結果的にその100枚はほとんど使うことはありませんでした。
80系の先に彼が何を作ろうとしたのか何を残そうとしたのか?
今となっては解らないままになってしまいました。

けれど最後まであきらめずに工作に情熱を掛けていて
その死の間際まで作り続けた彼の姿勢はきっと後世に
語り継がれていくでしょう。



2007_10
07
(Sun)12:06

最凶の機関車?

エンドウのDD54


お世話になった方や今も愛用してる方も多いであろう
ご存知ダイキャストボディが特徴のエンドウ製DD54。
画像はインサイドギヤの最終型である。

発売初年は29年前の1978年。
当初は縦型モーターだったが缶モーターを経てMP化され
現在でも発売されているがボディは昔のままである。
今から30年以上前の小学生の頃に京都駅で1~2度見ただけ
だが直後に欠陥機関車として全廃されてしまった悲運のカマ。

模型は98年ごろに再発売されたのを購入していたが
03年頃には資金不足のためにヤフオクで売却していた。
しかしなぜか縁があるのか再び手元にある。
確かに薄幸のカマが好きなのだが手放しても戻ってくるあたり・・

悲運を拗らせているのかオレ?(^д^;)

手元に来た段階ではプレートすら貼ってない状態だったので
まずは機関車ナンバーを付けることにする。
製品では真鍮片に塗装されたナンバーが付属してるが実車は
切り抜きナンバーなので同じくエンドウのメタルインレタを使う。

さっそく側面から始め、最初の「DD」をあてがえて台紙上から
軽く擦ってそーと台紙を剥がすと・・・・

悲惨じゃ


あんぎゃー!(||゚Д゚)

塗装まで一緒にベリリだと!?

どうなってんだ?このオレは・・じゃなくて

このカマは!


頭が真っ白になると言うが正にその通り。
何が起きたのか理解するのに数秒かかった。
ダイキャストは塗膜が弱いのだろうか?
それともたまたまこの製品が悪かったのか?

とりあえずタッチアップはしてみたが
傷は目立つし何よりもやる気を無くした・・・
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