2006_01
28
(Sat)15:25

初めてのブラス電車

宮沢製流電

実は前回のEF10の後、飯田線車両の入線はしばらくありませんでした。
そもそも戦前型の完成品など模型ではほとんど無いのです。
旧型といえば戦後型の63、70、73、80型はありましたが
戦前型となると特製完成品くらいしか無くてそれらは
当時のボーナス全額使っても2両買えるか? ちゅうくらい高い。

ちょうど名古屋にも足を伸ばし始め通い始めたお店がありました。
そこの店長はとても面白い人で素直。店全体の雰囲気も気に入って
すぐに好きになりました。

ある日たまたま出張で名古屋に行っていた友人から電話。
「いま例の店に寄ってるけどいいのがあるぞ」と情報。
その頃、EH10という機関車も好きな私は20年以上前に
発売された製品の中古を探していました。
それを知っていた友人が気にかけてくれてたのでした。

さっそく口座から貯金を下ろし車に飛び乗って名古屋の店に・・
無事に機関車をゲットして帰り支度をしていると店長が
なにやら箱を持って出てきて私に一言聞いてきました。

「これって幾らくらいの値段つけたら売れると思う?」

どれどれといっぱしの鑑定団ぶって中身を見て
しばし固まりました。
それが写真の「宮沢製流電4両セット」だったのです。

飯田線の旧型引退の後のブームで発売されたもので
スカ色流電の完成品は現在に到るまでこれだけ! という
私にとっては喉から手が出る逸品なのです。

「店長!来週まで絶対取って置いて俺が買うから」

って言うのが精一杯。
それにしてもたった今4万円の買い物したのに
来週にまたお金が用意できるのか??

はい、用意しました。
人間死ぬ気になれば何でも出来るのだとこの時悟りました。
そんな私の必死の形相に心優しい店長は箱に貼ってあった
当時の値段のままで譲ってくれたのです。

帰り道・・
箱を抱えて泣きました。
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2006_01
28
(Sat)14:39

きっかけの1台



今から10年くらい前ですがプラモデル好きの友人に
付き合って浜松市にある模型店に行きました。
そこがこの後に長い付き合いになるアールクラフト(通称ウナギ屋)
です。

入店するとすぐに私の目に飛び込んできたものが画像の機関車。
1974~8年頃の天賞堂製のEF10です。
忘れもしないこの機関車、そう中学生の頃に機関区の中でデッキにも
乗ったことのあるあの機関車です。
デッキ付きの旧型機関車と言えばこれしか地元では見られなかったのです。

実車が去って既にこの時でも15年位経ってましたから懐かしさと
嬉しさでしばらく放心状態で眺めたのを今でも憶えています。
この時の感動って言ったら

全米が泣いた

ていう映画見たようなもんですかね。(^^

我に返って店主に聞くと「これは委託販売で58000円」
とのことでした。高い! 私の小遣いの月額は30000円である。
3人目の子供が生まれ、上の双子の息子が入園と経済的に苦しい時期
でしたけど無理して買いました。
いったん40km離れた家まで戻ってお金を持ってきて・・

これがこの後に続く飯田線コレクション第1号になりました。
2006_01
28
(Sat)14:06

私と飯田線

豊橋に生まれ育った私にとって飯田線は身近な存在です。
ある程度行動範囲が自由になった中学生の頃がちょうど
豊橋区の戦前型の晩年で卒業が近づいた頃にクモハ52を
含む多くの戦前型が引退していきました。

この引退までの2年間というもの毎週末に駅に行き
ホームに停車中の電車を観察したり近くの駅まで
乗車したり、当時はいつでも事務所で名前を書くだけで
機関区(現運輸区)の中を自由に見たりと今思えば
夢のような時間を過ごしました。

そして高校に到っては飯田線で通学となり毎週どころか
毎日飯田線に乗れるようになって私の飯田線好きに
拍車をかけました。

通学の頃には80系電車が主力になってましたが戦前型も
半数近く残っており楽しむことが出来たものです。
そして高校を卒業し成人を迎える頃には80系も戦前型も
永遠に去って行きました。

模型は当時Nゲージを楽しんでいたのですが飯田線の
模型など16番でも珍しい時代で製品など皆無でした。
その後、数年経ってグリーンマックスから飯田線の
ブームに便乗するようにキットが発売されましたが
その頃にはやや情熱が冷めていました。

それから10数年経ってある事をきっかけに
飯田線を集めようと燃え上がったのでした。
2006_01
28
(Sat)12:27

開けてみるべ

開けてみるべ

中身を確認する為に開けてみました。

うふっ! 全部窓が抜いてある

まあキットだから当たり前なんだけど・・
でも良く見ると何か足りないのに気がつきました。

わかる方は5秒でわかりますね?
そう、シルとヘッダーと雨どいが一切入ってない!!
それも他もあけてみると4両分すべて!!

小高模型が当時からこういう仕様だったのか
それとも単なる欠品なのかわからないので
とりあえず販売元に連絡して返事待ち。

仮に無くても何とでもなるパーツなので不安は
無いけれどあまり気分は良くないですね。
2006_01
28
(Sat)12:14

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !

小高のキットだら

注文していたキットが届いた。
小高模型のクモハ42、43にサハ48、クハ47の4両である。
ご存知の通り小高模型はペーパーキットの老舗だが近年、店主が
亡くなられてあわや廃業かと思われたが運よく在庫を引き受ける
メーカーが現れて現在でも製品の8割以上入手できる。

近年の新興メーカーも旧型国電のペーパーキットを販売しているが
製造方法や数の違いもあって非常に高価になっているのが不満。
その点、こちらは昔からの在庫品なので値段も昔のまま。
4両買っても7000円を大きく下回る。

まあ、しばらくは棚の肥やしだけど数に限りがあるものなので
入手しておいて一安心ってやつですな。
2006_01
22
(Sun)13:00

王からの指令

田宮のプラ板

”3王2鬼1明神1将軍”
紙の世界を司る化身達がこの板を見守っておられる。
つまり3人の王様は大王、魔王、爆王
2人の鬼は大阪の巨鬼と名古屋の赤鬼(スカーレットとも言う)
あとは神奈川県の某所におられる明神さま。
最後に普段は山から下りて来ない闇将軍。

いずれの御仁も花月園やらネットやらで知り合った人物で
鉄模界の紙工作では名の知れた有名人でもある。
つまり私から見れば大先生なわけで敬意を込めて(ホントか?)
勝手にこう呼ばせていただいているわけである。

そのうちの一人、魔王様から

「Uカッターが入手できるので工作中止せよ」

とのメールが携帯に届いたので
本日は床板、床下の検討に入った。
床板は魔王様のお手本通りにプラ板を使うつもりで
写真の1.2mmと2.0mmをあらかじめ入手しておいた。
手持ちに1mmがあるのだがどうもペナペナで頼りない。
動力化を考えると不安であるが明神様はMP動力で1mmを
使っているようだ。

板厚が決まらないとアングルの位置も決められないし
そもそも工作が始まらない。

さてどうするべ?

2006_01
19
(Thu)20:42

練習開始豚のケツ

練習開始

やったこと無いことは練習から始めなければならない。
実は練習用に余分に型紙を頂いたのでまずは窓抜きとやらを
経験してみる。

当然最初から上手く行くわけない。
最初は前面1枚切り抜くのに1時間以上かかってヘトヘト。
しかも出来がよくない。
思わず抜きのいらないキットを頼んでしまった。

これでこの型紙は諦めたわけでは無い。

「これさえ終われば次の製作は窓抜きいらんぞ!」

と自分を奮い立たせる為である。
人はこれを ”ドツボにハマル”というが本人が
そう思わなければイイ。

ちなみに画像の彫刻刀は本日新たに百均で購入。
2006_01
19
(Thu)20:32

まずは準備準備だい

新たに購入したり頂いたツール

初めてなので工具から揃えなければならない。
何がどれだけ必要かすらわからないかったが多くの
先輩方からのアドバイスやら実際に工具を送って頂いた。
友達とはかくもありがた迷惑なものである。
(引き返せなくなっちまったじゃないか!)

特に彫刻刀やら屋根板やら台車のオマケまで送って頂いた
厚木の爆王様ありがとうございました。

満足の行く工作をするにはまだまだ工具が足りないので
ホームセンターやら画材店やらで総額4万円の出費・・
自分で自分の首絞めてるかも知れないと頭をよぎるが
気がつかないことにしておこう。



そうしよう・・
2006_01
19
(Thu)20:16

これが元凶?の元

オマケに付いてきた型紙

今回の製作の発端となった型紙である。
この型紙の製作者であるM氏が以前に製作したある旧型電車が
どうしても欲しくて3年前よりラブコールしていたのだが
昨秋の花月園運転会で3年ぶりに再会!
おまけにラブコール電車も持ってきたので熱烈交渉の末、
めでたくあこがれの電車は私のモノになったのだ。

で、解散直前の朝に渡してくれた電車に何故か付いてきた紙。
それがこの型紙である。

「今度は私の願い聞いてよね」と無言の圧力を感じた・・(^^;

人のもの欲しいなんて言ってないで自分で作れ!
と彼は言いたかったに違いない。

「まずはこれからね!」彼がそう言ったわけではないが
渡された型紙は明らかにそう言いたそうだった。
この型紙が手元に来たことで2006年の模型計画は大きく
修正することになるのだった。
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