2015_10
12
(Mon)21:02

北への男旅 エピローグ2

旅を終えるといつも反省会。

いろんな失敗や想定外のこともたくさんあって
今からしてみればいい思い出となったわけだが
中にはシャレにならんこともありました。

このカテゴリーの最初の記事で出発日に
腰を痛めたこと書きましたが、結局多少の波は
あるものの旅の最後まで痛みが引くことありませんでした。

そのまま連休が明け仕事に戻って1週間後の夜
あまりの激痛に目が覚めて病院に駆け込んだところ・・


診断書

完全に折れてました腰 ^^;

この診断の後も仕事に行くも2日目で完全にダウン。
3週間の長期欠勤となってしまいました。
52歳にして産まれて初めての骨折です。

旅行中、痛み止めと湿布だけの対策でしたが
それでも我慢できる範囲だったのが幸いです。
もし行けなかったら一生の不覚として悔み続けるでしょう。

そうそうチャンスなんてあるわけないし

浮かれる私に神は試練を与えたのかも知れません。
「この痛みに打ち勝って旅が出来るか?」みたいな。
それでも行きたい気持ちが強かったので中止するなんて
微塵も考えませんでした。 (折れてたと知らなかったし)



腰の痛み以外の身体的なアクシデントはなくてなんとか
17日間の旅を無事に終えることが出来ました。

当初一カ月ほどで締めくくるつもりでしたが書きたいことが
山ほどあってこれでも大分セーブしたのですが結局2か月
かかってようやく書き終えることになります。

ちなみにブログ掲載の為に日記帳を持って行きましたが
案の定、一切の記録をしませんでしためんどくさくて。^^
この2カ月に及ぶ旅ブログは全て記憶だけで書いたのです。
まあなんとかなるもんだな。


長い間お付き合いくださいましてありがとうございました。
これにて 「北への男旅」 を完結とさせて頂きます。


              りゅーでん管理人



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2015_10
10
(Sat)20:10

北への男旅 エピローグ1

お花畑

長い旅が終わって早2カ月が過ぎようとしています。
あわただしい日常生活に戻ってみると、あの17日間が
まるで嘘のように感じてしまうほど現実感がありません。

覚めない夢の中にいる気がします。

でも体と心に残る心地よい感触が

俺は本当に行ってきたんだと解る。

長年会えなかったあの人に会えたし

自分でもびっくりするくらい心が裸になって

思いっきり喜んだし枯れるまで泣いた。

人生の極みを味わって来れたんだ!!


その実現の為に失った信用もあったし軽蔑もされたさ。
でも旅の喜びが解らない人に何言っても無駄だから
俺は言い訳もせずに黙って耐えてたんだ。

一度もレールを外れたことなく世間が用意した
道が正しいと思って生きるのはあながち間違いじゃない。
ただ俺は納得できなかった一人なのだ。

自己を通すというのはどの世界でもリスクはある。
楽に便利に角立たず安全策に生きるのも知恵かも知れない。
我慢さえすれば立場とかお金が保障されるからと。

ただ俺はそれがキライだ。

そりゃ家族がいるから死ぬような無茶はしないさ。
自分の置かれた立場で何が出来るか何が実現できるか
極限まで考えて安全策は捨ててもまず実行してみる。
出た結果は自分で責任を負う覚悟が必要だが。

ゲーム・パチンコ・パソコンも大いに結構だが
それだけの人生でお前は本当に満足なのか?
楽しむこととストレス解消は根底の部分が全く違うぜ?
そう思う輩は身の回りに何人もいるけど言わないけれど。

器用に立ち回り世渡りが上手いね!なんて男にとって
最大の侮辱だということを今の若い人に気付いてほしい。
男なら不器用のまま突っ走ろうぜ。

とにかく手段は別にして一度普段の環境から自分を
離して自分と向き合って人生を考えようよ。
俺の場合、旅という手段が最適だっただけだ。



あっれえ?

旅のエピローグになってないな。

酔っ払いオヤヂの戯言になってやんの。(w








2015_10
04
(Sun)07:04

北への男旅 17日目 

船の上から

17日目の朝を迎えました。
昨夜、苫小牧東港を出港した新日本海フェリー「すずらん」は
朝食時間の今、山形県沖を順調に航行中です。

本日はほぼ1日中この船の上で過ごさなければなりません。
とは言っても大した娯楽があるわけでもないので予想した通り
風呂とベッドとトイレと食堂を往復するだけです。

旅の余韻に浸るには少々長すぎる時間

家に帰るまでが旅と言っても北海道を走り終えた時点で
気持ちは終わってしまって今はただの移動時間に過ぎません。
一人でいるときは気楽な旅も周りは賑やかな家族ばかりだと
少々寂しくなってきます。

今日は旅でなければ地元中学の5年ぶりの同窓会でした。
ああそろそろ皆集まって来る頃だろうな・・・俺も出たかったな。
たまたま休みの取れる年と同窓会の開催年が重なって
今回が初めての欠席でした。

日程を決める段階で1日早く帰り参加することも可能だったけど
やはり24年ぶりの北海道に少しでも長く居たいという思いが
あって昨年の段階からあきらめてましたけど。



到着1

敦賀港には予定通り午後8時半ごろ無事入港。
そこから自宅までの220kmをただひたすら走り続けて
8月14日午後11時59分に無事帰宅しました。

16泊17日の男旅は終わりました。



エピローグにつづく。

2015_09
27
(Sun)20:11

北への男旅 16日目 第3話

苫小牧東港夜

苫小牧東港に着いたのは午後6時半。
出港は午後11時半なので積み込み開始まで4時間以上あるけど
暗くなって走るのは危険だし特に周囲に何も無い場所なので
おとなしく待つことにしました。




フェリー ベッド


出港1時間前になってようやく今日のベッドまで辿り着きました。
かつてはあった2等雑魚寝部屋も新造船になって徐々に姿を
消して現在ではほとんど個人スペースが取れるように・・

その分、料金はあがりましたけど ^^;

これも時代の流れですかね?


プライバシーが守れるのは良いことなんだけど、いきなり見知らぬ
人と隣り合わせに夜を過ごす2等雑魚寝部屋も味がありました。
若いころ、隣にたまたま女性ライダーが来て意気投合し
あまりに狭いので1枚の毛布を二人で掛けて過ごしたなんて
ちょっと甘い思い出もあったりします。^^



さて間もなく船は出港!
深夜発なのでもう寝るだけ・・・風呂入りたいけど激混みなので
明日になってから入ることにして酒飲んでとっとと就寝。

どうせ明日はほぼ1日中、海の上です。
風呂なんぞ何度でも入れるので今日は我慢。



17日目につづく


2015_09
21
(Mon)10:43

北への男旅 16日目 第2話

西港

苫小牧西港に到着したのは午後3時半。
今回の旅で最初に上陸した場所に15日ぶりに戻って参りました。
でも実は帰りの船は海運会社が行きと異なるのでここではなく
30kmほど離れた東港なんです。

ここに来たのは今日の旧友との再会でこちらのが市街地に
近く待ち合わせに便利だからという理由なんです。
※後でわかったことですが東港の周囲には店一軒ありません。



到着を連絡して30分ほどで彼女が現れました。
この彼女、N子さんと言って私の最も古い旅仲間の一人。
最初の出会いは私22歳、彼女18歳のなんと30年前に遡る。

場所は午前中に見てきた積丹半島にあるYHでして当時彼女は
ここでヘルパーをしていて私は北海道を初めて訪れた客でした。
その時は1泊しかしなかったので玄関前で一緒に集合写真を
取っただけでしたが、その年の秋に東京のイベントで再会して
現在まで続くお付き合いが始まりました。

そして24歳の時、私は会社を辞めて再び北海道を訪れた時に
最初に迎えてくれたのも彼女だったのです。
元々苫小牧生まれで到着するフェリーターミナルから一番近い
というのが最初に会った理由なんですけど、今回はスケジュール
の都合で旅の最終日の再会となったのです。

彼女ともお互い写真入りの年賀状を交換してたのですが
実際に会うのはその24歳の時以来ですから実に28年ぶりです。
変わらない笑顔で私の元へ駆け寄ってくる彼女を発見した時は
思わず抱きしめたくなるくらい愛しかった。^^

美人は歳重ねてもやっぱり美人!

ターミナルにバイクを置いて彼女のクルマに乗りこみ市街の
喫茶店へ移動してそこで約2時間のおしゃべりを楽しみました。
明るく懐っこい彼女は昔と全く変わらず時が経ったのは嘘の様。

最後に再びターミナルに送ってもらってそこでお別れです。
「船の中でどうぞ」と苫小牧焼酎とお菓子を差し入れ頂き感激。
がっつりと固い握手をして彼女のクルマを見送りました。

これで全ての目的を果たしたぞ。

もう悔いはありません。
後は帰るだけと自分の乗船する東港に向けて走り出します。
東港に着くまでの1時間、頭の中は真っ白で何も考えずただ
終わりを迎える覚悟の準備をしていました。


今夜船の中で何を思う俺?


16日目 第3話につづく




2015_09
20
(Sun)07:32

北への男旅 16日目 第1話



男旅16日目。

長かった旅もいよいよ道内最終日となりました。
本日のルートは積丹半島を周って小樽を経由し苫小牧まで。
距離にして260kmですが全て一般道だし都市経由なので
7時間ほどを見込んでいます。


日本海1

しばらく天気が悪かった道内ですが、この日は久しぶりに快晴。
雲に追われてセカセカ走ってたここ数日と違って気分ものんびり。
気持ちに余裕があればこんな風にちょっと気になったところも
すぐにバイクを停めて景色を眺めます。



神威岬

積丹半島にある神威岬です。
近年までこの半島は周回できる道路が無くて、この神威側に
行くには小樽方面の余市 (ニッカウイスキーで有名)から
往復するしかありませんでした。

長年の地元民の願いが叶って平成になってトンネルが開通し
交通の便が良くなったのでこれで観光客も増えるだろうと
喜んだのも現実はそんなに甘くなかったのです。

確かに交通量も観光客も増えたのですが、これまで行き止まり
だったから岬周辺の宿は賑わっていたのにトンネルのおかげで
単なる通過点になってしまい返って宿泊客が減少しました。

神威トンネルの開通に合わせて海岸側のこれまでのトンネルも
大型観光バスを通過させるために新ルートに切り替えられ
これまで町のメインルートだったところも客足がバッタリの惨状。

つまり地元民にとって踏んだり蹴ったり



積丹YH

画像中央に見えるのが30年前に初めてハマった積丹YH。
今回は泊まりませんが気になったので見に行ってみると周囲の
様子は一変しており、しばし呆気にとられました。

かつてはメイン道路だった道も山側の新ルートに変わり、港の
場所も移動してしまったので昔日の賑わいは全くありません。
以前はこんな辺鄙な場所にあるYHでもこの時期は50人以上の
宿泊客であふれていたのですが・・・・・。

利便の為と銘打って結局は

土建屋が儲かっただけの開発


やっぱり秘境は秘境のままじゃなきゃダメなんですね。




この後、小樽市内を観光に寄ろうかと思いましたが着いてみると
どこも予想以上の人出で、とてもバイクを停めるどころじゃない。
お土産屋さんも一杯で買い物する気にならんし、食事処も
どこも満員で昼食を取る気にもならない。

仕方ないですがそのまま通過して苫小牧に向かいます。
最終日の今日も旧友との再会の約束があるのです。
お昼すぎてまたもや空が怪しくなってきました。


16日目 第2話につづく


2015_09
19
(Sat)08:05

北への男旅 15日目 第1話

カントリー朝食

男旅15日目の朝になりました。
相変わらずどんよりした空ですがよく眠れてスッキリ!
一番乗りで朝食を頂いたあと、すぐに出発します。




本日のルートは昨日来た道央道を長万部まで戻り
そこから一般道で羊蹄山のあるニセコ方面に向かいます。
日本海側に出て大周りで行こうかとも考えましたが
今日も再会の約束があるので遅れるわけには行きません。

そして最大の懸念はただでさえここ数日天気が不安定なのに
さらに予測が付きにくい内陸高地に向かうのですから。
雨予報の時は通常より更に時間に余裕を持たさねばね。

午後二時過ぎに本日の宿泊地ニセコ町を一旦通り過ぎて
旧友の住む倶知安町に到着して、やや遅い昼食の後に
無事に旧友宅に到着しました。

出迎えてくれた彼女は私が礼文でヘルパーしている時に
友人と3人で島に来ていきなりハマり、後の予定をすべて
キャンセルして20日間も島に滞在し、その後の人生も
大きく変わってしまった言わば私と同病人.(w

私の周囲にはこんな人多い!^^

その後何度も島を訪れヘルパーも経験し島仲間と結婚し
挙句の果てには北海道に移住までしてしまった強者です。
’91年の私の結婚の時に二次会の幹事もしてくれました。

それ以降、今日まで24年間会う機会がなかったのですが
散々お世話になった方ですので、今回の渡道でどうしても
お会いしたかった一人です。

彼女のスケジュールの都合で1時間ほどしか時間が
取れなかったのですが久しぶりの再会に悔いの残らない
ように機関銃のように会話して彼女の自宅を後にしました。

さすがにここ数日よく泣いた為か
今回のお別れ時には泣けなかったな。
まあ彼女の家族もいたからね。



比羅夫

宿に向かう途中に気になっていた場所があるので
寄ることにして山道をクネクネ走るとそれはありました。
ここは函館本線の 「比羅夫(ひらふ)」 と言う駅なんですが
実は鉄道マニアにはあることでとても有名な場所。

この駅は駅舎がそのまま民宿になってて泊まることが
出来るうえ、雪のないシーズンにはホームでバーベキュー
までしてしまう恐らく日本で唯一の鉄道駅なんです。

テレビで報道されていたので随分昔から知っていたの
ですが現地に来たのはこれが初めてなんですけど
時間が悪かったのか周囲に人の気配が無くて
中に入ってみることは出来ませんでした。



ブラックダイヤモンド

本日の宿は羊蹄山ふもとの 「ブラックダイヤモンドロッジ」。
名前の通り、本来は登山客やスキー客用の宿です。
他に空いてなかったのが選んだ理由なんですが来てみると
なかなか良い雰囲気の所でした。

明日の深夜には船に乗るので最後の宿になります。
コンビニで買い込んだ食料と酒でポツリと過ごす夜・・・・。
過去の長旅では無かった事ですが今回初めて思ったのは

「もう帰りたくなったな」と感じたこと

いつもなら帰りたくない、旅を続けたいでしたけどね。

かあちゃん恋しくなったのかな。(^^)



16日目につづく







2015_09
16
(Wed)05:28

北への男旅 14日目 第2話

倉庫街1

宿から歩いて15分ほどの函館倉庫街に来ました。
特に目的があるわけじゃなく夕食には少し早い時間だった
ので周囲をぶらぶらしたりお土産物探したりで小一時間。
なぜかここはカップル率が高くてオジサン一人じゃ浮いている。

デートスポットに一人で来るもんじゃないな。
うっらやましいけど顔に出さないのがオトナ。




CB72

60年代の名車ホンダCL72スクランブラー(だっけ?)を発見!
レトロな雰囲気が倉庫街によく似合っているのでパチリ。^^
演出にお店の人が置いてあるのかと思いましたが
ナンバーがちゃんとついた現役車でした。


すし

適当に選んだお寿司屋さんに入って夕食にします。
場所柄、回転寿司でもネタは同じだろうけど雰囲気も大事。
とか言いながらカウンターで盛り合わせを頼んじゃいました。

15貫で2980円だから値段は回転よりちょっと高いくらい。
これに函館地ビールを2杯付けて約4000円でした。
旅も終盤なのでもう少し贅沢してもよかったかな?

宿までは1kmちょっとなんですがお酒も飲んだし
中腹までは急坂なのでこの旅初めてのタクシー乗車。
コンビニ寄ってもらって酒買い込んで帰りました。


夜景

宿に戻って一番風呂に入り、ここからがゴールデンタイム!
部屋には夜景が望めるテラスが一部屋ごとにあり、ここで
街灯りを見ながら晩酌開始!・・・と行きたかったのですが

なんと先ほどまで晴れて暑かったのに暗くなってから
空がガスってしまい、せっかくの展望もイマイチ・・・・
仕方ないのでテレビ見ながら飲みました。

家にいるのと変わらんじゃん!^^;


さて明日は再び北上してニセコを目指します。
次なる再会が私を待っているのです。



15日目 第1話につづく


2015_09
15
(Tue)09:57

北への男旅 14日目 第1話

あんぷらぐ出発

14日目の朝が来ました。
出発前に宿泊客全員と女将さんで記念写真を撮りました。
一夜の友に別れを告げ、この後それぞれの旅路に向かいます。



お別れ2
※ Y氏が撮影していた交差点での別れの1場面 (画像お借りしました)
   Y氏は道東方面へ私は南に下ります。



昨夜遅くまで今日のルートを決めかねていました。
結局どちらに向かっても雨の可能性が高いのでそれならばと
当初予定になかった函館に向かうことにしたのです。

本当なら小樽・積丹・ニセコをのんびり周るつもりでしたが
高速道路も函館手前まで延びてるし道南の方がいくらか
雨天の可能性が低いだろうとの予測から決めました。





函館までは340kmと道内での最長距離ですが
どこにも寄らずほとんど高速道路(専用道路含)なので
食事休憩入れても6時間くらいかな?



カントリーボーン

途中何度か小雨に見舞われましたが午後3時に函館到着。
今夜の宿は函館山中腹にある 「カントリーボーン」 さん。
私としては珍しくペンション利用なんですが部屋から夜景が
見えるというのに魅かれて携帯サイトから予約しました。

この宿はなぜかは知らないけれどアーティストと呼ばれる
方々に大変人気があるらしく館内にはあちこちサイン色紙が。
ここも開業40年以上で造りは古いのですが結構オシャレ。

さて予約が遅かったのか夕食プランは満席だったので
夕食がてら函館の港町散策に歩いて出かけました。
バイクでは感じないが歩くと中年オヤジひとりは寂しく
感じてしまいます。(笑)

こういう時は大抵一人で来ている女性を誘うのですが
この日は私以外はカップル・夫婦・グループばかり。
ライダーも私だけなので仕方なく一人で街へ・・・


14日目 第2話につづく





2015_09
14
(Mon)09:11

北への男旅 13日目 第2話

あんぷらぐ

この旅初めて大粒の雨に降られて(5分くらいだけど)到着。
13日目今夜の宿は札幌市の北、当別町にある 「あんぷらぐ」。
ご夫婦2人だけで経営している定員7名と道内の民宿では
もっとも小さいと思われます。

ここに宿泊を決めたのは実は待ち合わせた友人でして
昨夜のうちにメールで連絡取りあって予約してもらいました。
その友人とは昨秋に8年ぶりに会って山梨でキャンプしたY氏。

その時の記事ですクリックしてね。

山の中のキャンプ場で彼も翌年に北海道を目指していることを
知り、「来年、北海道でまた会えたらいいね」と話してました。
当時は互いの日程など未定だったので夢半分の話でしたが
出発寸前になって実現できそうな事が判ったのです。

本当はキャンプ場で再会の予定だったのですが、ここ数日は
天候がよろしくなく、この日も確率70%雨予報だったので
昨夜になって急遽宿に泊まることに決めたのです。


札幌温泉

宿到着後、30分くらいでY氏も無事に到着し再会。
早めのチェックインだったので夕食前にオーナーのクルマで
もう一人の同宿者と3人、温泉に連れて行ってもらいました。

それがここ「開拓ふくろふ乃湯」。
札幌市内からあまり遠くないとはいえガイドブックなどでも
ほとんど見かけない秘湯でして、当日も私達以外旅行者
らしき人は居ませんでした。

1時間ほどの入浴を終えた後、宿に戻り夕食。
この日の宿泊客は私とY氏、鉄道で来ている男女がそれぞれ
1名と全員が一人旅で仲良く食卓を囲み話が弾みました。

道中で話し相手のいない一人旅では宿での団欒は何よりの
清涼剤でして、お互いそれがよくわかってる同志だから
自然と誰からともなく会話が始まり、オーナー夫妻も加わって
それぞれの想いを話しながら旅の夜は更けていきます。


14日目につづく


2015_09
10
(Thu)20:50

北への男旅 13日目

天塩弥生駅

※ 私が訪れてから約一か月後の建築状況です。
   古ぼけて見えるのは、わざとそう見える仕上げをしています。
   一部に実際に駅舎で使われてた部分もあります。
   民宿の名前は現役時代の 「天塩弥生駅」 とそのまま。

  

13日目の朝が来ました。
久しぶりの再会の後は再び別れが待ってます。
気持ちに区切りをつけるため、前夜のうちに支度を済ませ
早朝7時には出発することにしました。

話したいことが終わったわけじゃないし、ゆっくりしたいけど
まだこの先の約束もありますので歩みを進めなければ
なりません。

固い握手とハグを交わしてまたの再会を誓います。
もう涙目になってる彼の顔は目を合わせられません。
後ろ髪引かれる想いを振り切りアクセルを開けました。

いつまでも手を振る彼に振り返って手を振って答えます。
アクセルは緩めず引き返したい気持ちを必死で抑えます。
楽しかったひと時は終わりました。

彼の姿が見えなくなった途端、抑えていたものが
溢れだしヘルメットの中で号泣しました。
周りに何もないので聞かれる心配も無く思うがまま
言葉になってない雄たけびを山間に浴びせました。

19の時から一人旅を始めてこれまでに何百回と
経験してきた出会いと別れ・・・・・
決して慣れないし辛いけどこれが旅人の宿命。

旅を続ける限り逃れられない

でも泣き終わった後に幸せを感じるんですね。
だからやめられない。



さて今日も相変わらず泣き出しそうな空。
札幌の民宿で関東から上がってくる友人との待ち合わせ。
朝早かったので時間はあるのですが午後になれば
更に降水確率が上がるので道内入って初めての
高速道路も使って札幌を目指します。


大通り公園

昼少し前には札幌市内に入るととりあえず大通り公園へ。
ここで噴水の前で涼を取りながらトウモロコシを食べ
芝生で昼寝をと思っていたのですが思いの他・・・・

人がわんさかいるので

とてもじゃないが落ち着いて休憩できそうもないし
バイク停める場所も見当たらなかったのでテレビ塔を
写真にとってそそくさと退散しました。



元ライダーハウス

その後札幌市電を撮影していたのですが天気が怪しい・・でも
宿に向かう前にどうしてももう一か所行きたい場所がありました。
28年前の記憶を辿りながらようやく探し当てたのがここ。

はい、一見ただの民家ですが場所は間違いありません。
実は当時この場所には札幌で2件しかなかったうちの1件の
ライダーハウスがあったのです。

※ ライダーハウスとは名の通りライダー向けの簡易宿で
   基本的に屋根と畳(場所によってはカーペット)を提供する
   のみで、その代りキャンプ場並の料金で利用できます。


ライダーハウス

当時の結一残る写真です。(私は前列の左端)

28年前、最初の日本一周で札幌に辿り着いた時には資金が
底を付いてしまい仕方なく札幌駅前でうろうろしていた時に
二条市場でお土産物屋を営む社長さんに声を掛けられました。

「ライダーハウスやってるから手伝わないか?」

そうですこの社長さん、本業はお土産物屋ですが自宅の旧家
を改造して札幌郊外でライダーハウスを経営していたのです。
宿のヘルパーなんて未経験だったのですが背に腹は変えれず
ここで半月程バイトをすることになったのです。

仕事と言えば札幌駅前で宿を探してるライダーを引っ張り込む
ことと、客になってくれたライダーさんを夕方に近くの銭湯に
送迎することと、連泊される方に昼食を作ってあげることなど。

ほとんど一人でこなすので大変だったけど当時のマックの
時給よりは良いアルバイト料をくれました。
この経験が後のYHでのヘルパーで役にも立ちましたし。

そして何よりもここで知り合った人が大きな財産にもなり
28年経った今でも連絡を取っている方が何人もいます。

今回、当時お世話になった社長さんにお礼を言うべく訪ねた
のですが跡地に建ってる民家も表札が違っており社長さん
一家は今この場所に居ないようでした。

会えなかったのは残念ですが探す時間はありません。
そろそろ今夜の宿に向かわなければ雨に降られそうなので
悔いが残るままこの場を後にしました。


13日目 第2話につづく


2015_09
08
(Tue)07:09

北への男旅 12日目 第2話

名寄友人1
※ほとんど写真撮らなかったためご本人のFBより拝借^^
  ちなみにこれは実際には到着時ではなく翌朝の出発時のもの


午後4時過ぎ名寄市郊外の友人宅に到着しました。
彼も礼文島時代に共に夜を過ごした仲間の一人で会うのは実に
26年ぶりなんですが、ここ1~2年はFBで互いの近況を交わして
いたので久しぶりに会うという気があまりしません。^^

何よりも彼と私は共通点が多くネット上でも話題に事欠かない。
まず学年が一緒そしてバイク歴があり鉄ちゃんでもある。
さらに自分の子供の名前を礼文島から命名してるところまで。
(もちろんこれは全くの偶然です)



天塩弥生駅

そしてこれは彼が自宅横に建築中の駅舎。
実はこの場所は20年前に廃線となったJR深名線の跡地です。
以前に駅舎があった場所に新たに復活させているのです。
とは言っても実際に列車が復活するわけでなくて駅舎に
模してある民宿として来春開業を予定しているのです。

鉄ちゃんでもあり、かつては東京で車掌をしていたこともある
元鉄道マンの彼ですから随所にこだわりがあります。
例えば画像右奥にある 「ハエタタキ」 と呼ばれる鉄道沿線
専用の電柱もかつての池北線(後のふるさと銀河線)で使われて
いた本物で道路わきに放置されていたのを執念で所有者を
探しだし交渉して入手したとか。

予算が許すなら本物の線路も敷きたいし実車も置きたい。
古き良き時代の鉄道風景を駅丸ごと再現したいという彼の夢。
ちいさな机でちまちま模型をいじってる私とはスケールが違う。



BBQします。

この夜は彼のご近所さん交えてのBBQをごちそうになりました。
話は旅人時代の思い出話から、この26年間の出来事まで
尽きることはありません。



鹿肉のBBQ美味かった!!



13日目につづく


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